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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第829回:野生の呼び声

更新日2023/11/30


アメリカの住民投票は実に事細かく、そんなこと、給料を貰っている地方議員さんたちが会議で決めれば済むことでしょう…と、言いたくなるようなことまで一々住民投票にかけます。

一つ例を挙げれば、コロラドロッキーに狼を移入して放つかどうかという投票があり、自然、野生大好き人間の私としてはもちろん、一度コロラド州で絶滅した狼を移植する? そんなことができるなら大賛成と投票しました。
 
しかし、考えてみるまでもなく、州の人全員に投票させるのは奇妙な話で、圧倒的に投票者数が多いデンバーなどのフロントレンジの街、団地(ロッキーの東側にある大きな町々)など、そこに住む大多数の人、自然愛好家、動物保護団体などは賛成するでしょう。彼らは自然の持つ荒々しさ、生存競争の熾烈さなんか全く計算に入れておらず、何でもかんでも自然バンザーイ、野生に帰れの態度なのです。
 
この台地にしても、実際に野生と接している牧場、農家にとっては、話はそう簡単ではありません。今年は例外的にクマが多く、というか、あまりの猛暑で餌になる木の実などの稔りが悪く、牧場や郊外に降りてきています。一度、人間の近くに餌があることを学んだクマさん、人間との接点から離れようとしません。従って、冬眠もせず、一年中牧場界隈をうろつくことになります。それに狼が加わったら、牧場主たちは牛や豚、鶏を守るのに大童になることでしょう。狼をもう一度放つかどうかは、都会の人間の決めることではないような気がします。生活がかかっている牧場主と自然保護官らが決めることだと、自分で狼ウエルカムに投票しておきながら思うのです。

この台地で近所付き合いをしている元森林保護官に言わせれば、毎年、ハンティングシーズンに交付される、鹿、エルク、クマ、狐、ムース(ヘラジカ)、ビックホーンシープ、マウンテンライオン、バッファローなどの狩猟許可証、殺す頭数はドンブリ勘定だそうで、いつもその前の年にプラスかマイナスする程度で決められと言っています。

彼によれば、第一、野生の動物が広大な一つの地域に何頭生息しているかを正確に掴む方法などないと言うのです。従って、今シーズンは増えすぎたある種の動物を減らそうと意図し、狩猟許可証を多く出すことにしたところで、生態系を人間がそう簡単にコントロールできるものではない、と言うのです。

私は生物学者がかなり正確に生態系を掴んでいるものと思っていましたから、プロがそんな大雑把なことしか掴んでいないことにショックを受けたほどです。

狩猟許可証はかなりきめの細かいもので、許可証を持たずに鹿やエルクを射殺したり、ついでにもう一頭などの違反は罰金だけで済まず、刑事事件になり、牢屋に入れられることすらあります。

ですから、コロラド州での狩猟はその対象により、許可証を取得しなければなりません。それも申し込み、料金を払えばすぐに貰えるものではなく、クマ以外の動物は、すべて抽選になります。今シーズンはエルクはダメで、雄鹿一頭だけの狩猟許可しか取れなかったとか、家族全員の名前で申し込んだにもかかわらず全滅だとか、ハンティングシーズンに入る前に大きな話題になります。

許可証の料金もコロラド州の人、税金を州に払っている人と、他の州から狩猟に来る人とでは大きく違い、エルク(雄)でコロラド州のハンターが120ドルのところ、州外の人は350ドルとなります。一度狩猟許可証を取っても、地域が限定されます。それが実に細かく分断されていて、そこまで一体どうやって辿り着くの?というような辺地、山奥に指定されることもあります。

ハンターたちがこぞって撃ちたがる雄エルクの狩猟許可が抽選で当たり、所定の料金を払い、許可証を取っても、大物のエルクに出会い、獲れるとは限りません。払い戻しはありませんから、全くの払い損ということも往々にして起こります。

増え過ぎたとみられるクマ、人間の生活圏とオーバーラップしすぎて“出会い”が多くなりすぎたせいでしょうけど、いつでも申し込めば狩猟OKです。それでも、一応許可証を取らなければなりません。 
 
クマに狼が加わったら、近所の牧場では大ごとになるのは目に見えています。狼の移入、蘇生に賛成しておきながら、この森に狼が出没し出したらどうしようかと思っています。人間が一度壊した生態系を元に戻すのは、甘っちょろい動物愛護だけではとてもできないことなのです。それに加えて、以前書いた野ブタ、野生化した豚の問題があります。

こちらの方、どこでもウエルカムではなく、人間様、必死になって撃滅しようとしているのですが、彼らの繁殖力、生命力にとても追いついていけず、現在推定ですが、全米で900万頭いるとされているうえ、進化をしているのでしょうか、大型になり体重が増え200キロ以上にもなっており、ますます獰猛に且つ巧妙に畑牧場を荒らし回るようになっています。これは農家にとって由々しき問題で、被害の総額は25億ドルにも及んでいます。現時点では、野生化した豚の方が人間に対して圧倒的な勝利を収めています。

たとえテキサス州では、野ブタを今年2,425頭仕留めたとはいえ、野ブタの総数に対しては焼石に水なのです。サンクスギビングの七面鳥丸焼きのように、野生のブタを丸焼きにする日、例えば“退役軍人の日”には、豚の丸焼きに限るというような習慣が根付けば、野生のブタの棲息コントロールになるのではないかしら…。
 
自然界にあって、私たちが抱く感情、イルカは可愛いけどサメは憎いのと同じように、狼は保護するけど野ブタは殺せ、というヤワな動物愛護の感覚、矛盾は成り立ちません。両方とも生存を懸けて種の存続を図っているのですから…。
 
狩猟に厳しい規制を設けているのに、我が森には鹿の群れが訪れ、七面鳥がパレードを繰り広げています。お隣、お向かいと合計すると、何千エーカーという広大な私有地なので、ハンターたちが勝手に入り込めず、そのあたり野生の動物たちも心得ているのでしょうか、のんびり草を食んでいます。それを目当てに狼さんがやってくる日が来るのでしょうか。そして、鋭い牙を持った野生化したブタがそこらを駆けずり回るようになるのでしょうか…。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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