第491回:第二の故郷を経由して - 松本駅 -
関電トロリーバスの扇沢駅から、信濃大町行きのバスに乗る。ターミナルビルは傾斜地に建っていて、バスのりばへは階段を降りる。その通路に土産物屋の屋台がある。控えめな場所とはいえ、観光客に最後まで売ろうという商魂のたくましさ。しかし私にはちょうど良かった。これからバスに乗り、大糸線の各駅停車に乗り、松本駅から特急で帰るだけだ。荷物を増やすならここだ。
扇沢バスターミナル
覗いてみれば、私の好きな"雷鳥の里"が並んでいる。白いクリームをカルメ焼きのようなクッキーで挟んだお菓子だ。学生時代に何度も買った。私の隣の部屋に住んでいた先輩も好物であった。箱のなかに雷鳥を描いたカードが1枚入っている。箱を開けるとそれを壁に貼り付けた。いつしか壁に雷鳥の群れができた。ちっとも希少生物らしくない。
そんな情景を思い出しつつ、"雷鳥の里"を取ろうとしたら、となりに"黒部の破砕帯"なるお菓子があった。新製品だという。店員のおばちゃんが、「雷鳥の里と味は一緒ですよ」と言うけれど、箱に描かれた薄暗いトンネル工事と壁面から吹き出る水が印象に残る。お菓子の表面に砕いたクッキーを載せて破砕帯を表現している。関電トロリーバスに乗るという、今回の私の旅のテーマにピッタリだ。
青い車窓は残念……
信濃大町駅行きのバスはハイデッカータイプ。塗装は地味だけど、新しい車体のようだ。約30分の乗車。乗り心地もよく、窓も大きく、山裾から麓の街までの紅葉を眺められた。惜しむらくは紫外線カットガラスで、景色が青みがかってしまう。まるで北野武監督が映画で使う手法、キタノブルーのようだ。最近のバスや電車の窓はこのタイプが多い。そして窓は開かない。車窓の楽しみが削がれてしまい残念である。
信濃大町駅前の樹木がひとつ、真っ赤に染まっていた。今回の旅で最も赤い葉であった。窓口で松本までの切符を買う。ここからはJR東日本の線路である。東京まで通しの切符を買えるし、長距離きっぷだから松本駅で途中下車もできる。しかし、ちょっと試したいことがあった。
信濃大町駅前の紅葉
15時56分発の電車に乗り、17時ちょうどに松本駅に着く。約1時間の乗車だ。このあたりは松本市の通勤圏であり、車窓は住宅街越しに北アルプスを遠望する。悪くない景色だけど、アルペンルート帰りの目には凡庸に映る。そんな気持ちを察したかのように、景色は暗くなった。盆地の秋の夕暮れは、幕を下ろすように早く終る。
25年も前になるけれど、学生時代の4年間を松本市で過ごした。松本駅前の様子は25年前と少し変わっていた。四半世紀も経ったから当然である。駅ビルは建て替えられたようだし、中央階段にはエスカレーターも付いた。駅前広場は拡大されていた。マクドナルドは25年前と同じ場所にあった。当時はその手前に雑居ビルの区画があって、駅前から見通せなかった。
大糸線の辰野行き各駅停車で松本へ
松本駅に着けば、あとは東京に帰るだけだ。今日中に帰ればいいし、幸いにも行程が繰り上がっている。今は17時過ぎ。最終の特急スーパーあずさ36号は20時ちょうどに発車する。この約3時間の滞在で行ってみたいところがある。街の外れの浅間温泉街の定食屋だ。この土地には郷土料理として鶏の山賊焼きがあり、その旨い店がある。定食のご飯が、一人分ずつ小さな釜で焚いて出てくる。懐かしい味に再会したい。
駅前のバスの停留所からは、市内循環の小さなバスが発着している。このバスは松本城や私の母校を通る。浅間温泉行きのバスは以前と変わらない。駅前を横切る道路の向こう、百貨店の1階のバスターミナルだ。発車時間を確かめようと、携帯端末でバス会社のWebサイトを検索してみたら、浅間温泉行きのバスが1時間に1本しかなった。次のバスは40分後。これは予想外だった。私が住んでいた頃は10分毎だったし、別のルートも20分毎にあった。
様変わりした松本駅
松本ではバスのルートの大改革が行われたらしい。25年前は駅から放射状に各地へ行くルートが主だった。しかし今は市内循環バスが中心で、放射路線は減便されている。鉄道のダイヤ改正は追っていても、各地のバスまでは追っていなかった。25年も経てば地方のバス事情だって変わって当然だ。利用客数に合わせた合理的な改革である。
しかしその結果、私とバスの相性は悪く、3時間では浅間温泉で食事をして戻れない。1,000円程度の定食を食べるために、タクシーやレンタカーを使う程でもない。別の機会にしよう。
私は交差点を渡り、次の目的地へ向かった。駅前通りの金券屋である。信濃大町で東京までの切符を買わなかった理由は、松本から特急回数券のバラ売りを買ったほうが安いからであった。私が学生の頃も回数券のバラ売りをよく使ったけれど、当時はビジネスホテルのフロントでコッソリ売っていた。JRの旅客営業規則によれば、乗車券の譲渡はできないはずであった。
金券ショップで買った回数券
乗車前に指定席を予約する
いまや回数券のバラ売りは常識だ。金券屋で切符を売り買いするなんて、私には質屋に行くような気恥ずかしさがあるけれど、それは古い考えらしい。金券屋はチケットショップと呼ばれている。なんと、バラ売り回数券の自動販売機が設置されていた。領収書もちゃんと出てきた。これは進化だろうか。あるいは、いまだに金券屋に対する気恥ずかしさがあって、対面販売より自販機のほうが買いやすいとみるべきだろうか。
帰りの切符を確保した。夕食は駅弁を買って、あずさの車内で食べよう。いや、やっぱり山賊焼きを食べておきたい。郷土料理だから駅前にも山賊焼きを食べさせる店があるはずだ。ふたたび携帯端末で調べると、なんと駅ビルに"からあげセンター"なる専門店があり、山賊焼きが名物とあった。私が食べたかった浅間温泉の店の味とは違うけれど、この店の山賊焼きも満足であった。
駅ビルの山賊焼き定食
店員の若い女の子はきっとアルバイトだろう。話しかけると、予想通り母校の後輩であった。いまどきの学生生活を訊いてみた。25年前に私たちが通った格安の食堂は健在らしい。意外にもお互いに知っている店があって、私はちょっとだけ学生時代の気分に戻った。しかし、バス路線の話はやめておけばよかった。ちっとも話が合わなかった。
スーパーあずさ32号で帰る
行程は繰り上がったまま
第491回の行程地図
より大きな地図で のらり 新汽車旅日記 491
を表示
2012年09月04-05日の新規乗車線区
JR: 0.0Km
私鉄: 10.6Km
累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):20,017.7Km (89.11%)
私鉄: 5,878.6km (83.20%)
|
|