第30回:犬、猫、好き、嫌い
更新日2004/07/08
世の中の人は、たいがい犬好きか猫好きかに、分けることができると聞いたことがある。私のカミさんは犬がとても好きだし、一人息子は大の猫好きだ。私は実はどちらもあまり好きではない。あえてどちらかと言えば猫ということになるのだろうが、動物に対する愛情というものが、家族二人よりもかなり希薄なのだと思う。
犬は、今でも苦手の方だ。これにははっきりした理由がある。私が小学校に上がるか上がらないかの頃、テレビで『名犬ラッシー』を放映していた。これは最近放映されたアニメとは違い、実写版の米国のホームドラマだったが、私はこの番組が大好きで毎週欠かさずに見ていた。そして、叶わぬこととは言え、ラッシーのようなコリー犬を飼いたいものだとずっと願っていた。
ある日、母親と街を歩いているとき、思いもかけず憧れのコリー犬に出会した。私は何のためらいもなく、母の制止する声も耳に入らないまま「ラッシー、ラッシー」と言ってその犬に駆け寄り、抱こうとした。
いきなりのことで犬も驚いたのだろう。2、3回威嚇するように鋭く吠えた後、私に噛みついてきた。私の方も、起こったことの意味がつかめない。「ラッシーがなぜ僕に噛みつくのだろう」という疑問が頭の中一杯に拡がった次の瞬間、号泣し始めた。
その日から私は、コリー犬に限らず、狆のような小さな犬にも、一切近づくことができなくなった。今でも、犬の身体に触れてみたいという気持ちにはなれない。
ところでこの『名犬ラッシー』、原作では1匹の犬がブリテン島の北端からスコットランドを縦断し、イングランドのヨークシャーまで旅を続けたことになっている。相当の距離を歩いたことになる。コリー犬はスコットランド原産の犬で、もともとラッシー"Lassie"とは、スコットランドで「女の子」とか「お嬢さん」を表す言葉らしい。
スコットランドは、多くの犬の原産国としても有名のようだ。先に書いた理由で、私はあまり犬が得意な方でなく、種類についてもまったくと言っていいほど知らないのだが、スコッチ・テリア、ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリアなど、いくつかのスコットランド産の犬の名前は聞いたことがある。
あちらに旅行に行ったとき、いたるところで犬を見かけた。けれども、彼の国でもルールを守らない人がいるのだろう。英語での正確な言い回しは忘れたが、「犬はクリスマス・プレゼントのために存在するのではなく、生きるために存在しているのだ」という標語のポスターを何回か目にした。捨て犬防止のキャンペーンのようだ。
初め見たときは少し驚いたのだが、エディンバラやグラスゴーの都市部に住むホームレスの人たちのほとんどが、犬と一緒に生活していた。彼らは捨てられた犬を見つけ、ともに暮らしているのだろう。寄り添うようにして、道端に腰掛けていた。
当然、気候のいい日ばかりではなく、殊にスコットランドは雨が多い。冬になれば厳しい寒さが訪れる。それでも、きっとパートナーと折り合いをつけながら、助け合い生きているのだろう。いろいろと世話をしなくてはならないこともあるが、一人で生きていくよりは、やはり大きな心の支えになるはずだ。
人と犬の間の友情というのは、やはりあるのだろうなと、彼らを見て思った。いや、友というよりも、運命共同体のようなもっと強い絆かも知れない。もう40年以上前に、そのコミュニケーションの道を自ら閉ざしてしまい、未だにそのままになっている私には、とても羨ましい気がする。
私の店は、盲導犬など各種の介助犬を除いては、動物の店内への立ち入りはお断りしている。やはり、犬好き、猫好きの人にとっては、いつでも一緒にいたいという気持ちは理解できないこともないが、他のお客さんの意向も考えなくてはならない。
最近は、ペット立ち入りOKというお店もいくつかできて、動物といつでも一緒にと思っている方には、とてもうれしいことだろう。はじめからそういう店であることをうたっておけば、他のお客さんもその積もりで来店されるはずだ。
実は、私の店の先代のマスターは猫が大好きで、よく店の中にも入れられていたらしい。店内の壁に、今でも何ヵ所か細いひっかき傷がある。私が店を始めた頃、店のドアの前に何匹かの猫がチョコンと座り、中をうかがっていることがしばらくあった。餌をもらいに来るのだ。
私にはうまく対応できないので、「ごめんね、店の人が変わっちゃったんだよ」と謝って猫たちに引き取ってもらった。とても可哀想な気がしたが、私には猫たちと共存していく術も、自信もなかったのだ。そのうちに猫たちはドアの前に座ることもなくなった。
2年前に今の家に移ってから、自宅で犬や猫が飼える環境になった。妻子は「犬にしようか、猫にしようか」と、二人でいろいろと画策しているらしい。私は相変わらず、あまり積極的にその話に乗らないようにしているが、子どもの成長にとって動物と生活することは、情緒の安定にはたいへん効果があることだと最近聞いて、少し考えてみようかという気になっている。
いやいや騙されないことにしよう。何といっても犬はオオカミの親戚で、猫はトラやライオンの親戚なのだから、そんな恐ろしい連中と一緒に暮らすなんて。
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