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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第923回:報道に忖度はいらない

更新日2025/11/06 



この至って私的なツブヤキ程度のコラムでは、できるだけ身近なテーマ、アメリカ的なトピックスを取り上げることにしています。でも、もうこれ以上放っておくことができない危機感を抱き、柄にもなく主義主張をタップリ含んだコメントを書かずにいられなくなりました。
 
もともと、マスコミというのは権力に弱い企業です。有名な例えですが、エルバ島に流刑されていたナポレオンが1815年に島を脱出した時、パリの新聞は「凶悪な食人鬼、巣窟を脱出」と書き、フランス本土に上陸した時に「コルシカの鬼、ジュアン湾に上陸」(ナポレオンはコルシカ島出身)。そして、次第にパリに近づき、「トラ、グルノーブルで一泊」、それから「暴君、首都に60キロに迫る」「皇帝 フォンテンブローに入る」、そしてパリに入場した時には「皇帝陛下、チェイリル宮にご帰還」と、マスコミが書いたという逸話があり、マスコミは常に政治的権力に弱い、左右されるのが宿命だという例えになっています。

そりゃ、確かにそんな側面はあるでしょう。


アメリカの4大テレビチャンネルはどういうわけか、協定でもあるのか、同じような番組を同じ時間帯に流します。その一つが夜10時のニュースが終り、10時半から始まる『レイトナイト・ショー』と呼ばれている番組です。ホストがその日起こった事件を冗談を交え、皮肉に笑わせ、それから、数人のゲストとのインタビューがあり、これに招かれ、登場するのは一種の名誉なのか、ハリウッドの大者スター、ポップスター、政治家、経済界のトップなど、そうそうたる人物がホストのインタビューに応じます。

その一つ、ABCテレビ局の『レイトナイト・ショー』の人気ホスト、ジミー・キンメルを局が番組から降したのです。理由ははっきりしていて、共和党のトランプ大統領の支持者、チャーリー・カークの暗殺事件を冗談めかして、共和党を揶揄したからです。今、ジミー・キンメルのその発言、放送を聞いても何ら問題にするような内容ではありません。しかし、ABCテレビ局の親会社がディズニーで、ディズニー自体、トランプ支持の共和党系ですから、トランプ大統領への忖度で、ジミー・キンメルの首を切ったことのようです。

政府から直接圧力がかかっていたと信じている人もいます。と言うのは、放送の許可を与える権利のある、FCC(Federal Commican Commission;連邦通信委員会)がトランプ大統領の指示で、報道管制を強めているからです。
 
それでなくても、すでにPBSなど公共のテレビ局、NPR公共のラジオ局、日本でもお馴染みのボイス・オブ・アメリカなどの資金をスッパリ切っていますから、ABCの親会社であるディズニーが危機感を持ったのでしょう。ABCはジミー・キンメルを降板させたのです。
 
『レイトナイト・ショー』のような人気番組はプロデューサー、放送作家、シナリオ・ライター、デレクターなどなどと詳細な打ち合わせをして本番に持っていくものだそうで、ホストのジミーが気楽に思いついたように喋る、冗談、コントにも台本があるのだそうです。それをいかにも即興のウイットを効かせて語るかが、ホストの腕の見せ所なのだそうです。ですから、看板スターホストのジミー・キンメルが、本番に出る前に詳細な打ち合わせが行われていたと取っても間違いなさそうです。
 
ですが、ABCの親会社ディズニーは象徴としてのジミーを降ろすことで、ABCのテレビ放送全体に自粛を強制したのでしょう。

これはトランプ政権が直接命令すると、言論統制だとの非難が盛り上がり、逆効果になってしまいますから、ディズニーが政府の意向を汲んで自ら、子会社のABCに圧力をかけたのが真相のようで、逆に言えば、オカミの顔色を伺いながら、ゴマをするように政権の意向に沿った報道管制を率先して行った例でしょう。ある意味では、この手の自主規制、忖度は表面にジカに出ないだけ、陰湿であり、恐ろしいことです。
 
ところが、奇跡が起こったのです。市民運動が政府と結びついた大企業の決定を覆すことは滅多にありません。
初めはインターネットへの書き込み、ABCと親会社ディズニーへの抗議が増え、両方のスタジオへのデモが起こり、それも次第に大掛かりなボイコット運動に展開し始め、もうディズニーランドに行くのは止めよう、ABC局の番組を観るのは止めよう運動にまで広がり、ディズニーを慌てさせたのです。会社側は、まさかボイコットにまで発展するとは思ってもいなかったのでしょう。一旦首にしたジミー・キンメルを呼び戻し、番組を復活させることにしたのです。
 
ジミー・キンメル復帰でABCの『レイトナイト・ショー』は何とか蘇りましたが、政府は表に見えない形で報道管制をジワジワと強めてきています。と同時に、大本営発表のようなニューズばかりがテレビ、ラジオで流されるようになってきました。

嘘、デタラメでも繰り返し聞かされると、ホントウのことのように思えてくるものです。とりわけ、反体制勢力の報道が抑圧されている時、国全体の世論が盲目的に政府のプロパガンダを信じる傾向が強まる方向に向いてしまいます。
 
報道、言論の自由は、アメリカが世界に誇ってきた姿勢です。それが脆くも崩れ去ろうとしていることに危機感を抱いています。マスコミに忖度があってはならないのです。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えていました。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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