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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第924回:三食付きホテルが移動するクルーズシップ

更新日2025/11/13 



初めてクルーズシップなるものを目にしたのは、小さなヨットでカリブ海を行ったり来たりしている時でした。確かベネズエラから北上し、セントマーチン島へ向かって夜走っている時だったと記憶しています。まるで宇宙から降りてきた、巨大な宇宙船のような光り輝く物体が近づいて来たのです。近づくにつれて、それがマンハッタンはブロードウェイを切って浮かべたような船だと気がつきました。満艦ネオンサインで輝いているかのように静かな夜の海に煌々と輝く異様な物体が侵入してきた印象でした。

ムムッ、何なのだこれは…と、スキッパーであるダンナさんを起こしたことです。望遠鏡で見ると、20階建てのビルを並べて浮かべたようなバカデカいクルーズシップであることが判明したのです。私たちのちっぽけなヨットはボンヤリと赤と緑の航海灯こそ点けていましたが、波間に見え隠れし、大きな船のウォッチ当番が余程真剣に目を凝らして見張っていてくれなければ、とても見えるものではありません。ぶつかっても蚊に刺されたほどの感覚もクルーズシップは感じないでしょう。私たちはエンジンを回し、急いでクルーズシップのコースから外れ、逃げたことです。
 
それから、セントマーチンやUSヴァージンアイランドのセントトーマスに行って驚いてしまいました。そんな巨大な船が何隻も並んでいたのです。挙句には、その船から吐き出されるようにピンクあるいは真っ赤に日焼けした太った乗客がゾロゾロ降りてきて、いかにもカリブ的な極彩色に塗りたくられた地元のバスやトラックの荷台にベンチを並べただけの観光車両にギッシリ詰め込まれ、島の観光スポットやラム酒の工場に連れて行かれるのを目にし、私は、絶対にあんなクルーズシップなんか乗らない、あの醜い集団には加わらないと誓ったものです。
 
ヨットの航海、セーリングでは、目的地をクルージングガイド、チャート、地理誌、航海記などを読んで決め、アンカーを降ろせそうな湾を見つけ、そこまでのルートを選び、かかる時間と距離を計算して、言ってみれば白紙、ゼロからすべて自分たちで判断し、検討し、実行に移すのが小さなヨットでのセーリングの醍醐味なのです。それを最初にお金、しかも大金を払うだけで、3,000人から4,000人という大集団で運ばれ、見せられるものだけ観るのは、あまり賢しこくない人間のすることだとさえ思っていたました。

ところが、ダンナさんの仕事の関係で、Ⅰさんが2週間のカリビアン・クルーズに招待してくれたことがあったのです。しかもスィートクラスで、キャビンも広く、船尾からの眺めも良く、おまけに毎日オードブルとシャンペンが届けられ、レストランもひとランク上の専用で、ワイン、リキュールなど、何でも飲み放題という豪華版だったのです。

ウーム、これは満更捨てたもんではないなという感覚から、こりゃ楽チンだ、一度レールに乗ってしまうと、後は三食付きでホテル自体が移動し、次の目的地まで運んでくれるというまことに老骨には最適だとさえ思うようになったのです。クルーズシップは一種堕落した旅だと認めたとしても…。
 
こんな旅の仕方があることを教えてくれたⅠさんに感謝しなければなりません。
それから、北海道一周+サハリン島クルーズ、そしてアラスカの氷河クルーズ、そして終いには今回のようにどこにも寄らずに太平洋を15日間で横断するクルーズに乗るまでになってしまったのです。


今回乗った巨大な船は全長380メートルもあり、プールは大小合わせて14−15あり、レストラン、カフェも10軒か20軒あり、ブティックも同数かそれ以上、もちろんカジノ、バスケットボールのコート、ゴーカート、ロッククライミング用の人造岩場、はたまたサーフィンができる急流があったりで、ジョッピングモールとラスベガスをゴッタ混ぜにしたような異様な船でした。

しかも、ロスアンジェルスで乗船し、日本の最初の寄港地である室蘭まで14日間、何処にも寄港しない太平洋横断で、ただひたすら海を眺めていたい私たちの目的にピッタリと当てはまるクルーズでした。

2週間、何をしたか、ですって? 何にもせずボケーと海を見ていただけでしたが、それでいて全く退屈しませんでした。
 
唯一のシゴトは食事で三度三度私たちにとっては高級過ぎのレストラン、カフェで摂ることでした。これで太るな、という方が無理で、私は2週間で4キロ近く太ってしまいました。船にあるジョッギングコースと、ありとあらゆる運動器具を備えたジム、フィットネスのクラスで結構汗を流してはいたのですが、どうも体重というのは摂取カロリーと消費カロリーの差であることを証明した形になってしまったのです。

おまけにノホホンとしてストレス・ゼロ、これほど自堕落な日々を送ることができたことに自分で驚いてしまいました。一応漢字の練習帳、タブレットに読むつもりの本6、7冊をダウンロードしていたのですが、それらを開きもしませんでした。人間は(私は)果てしなく怠けることができる者のようです。

そして、船を降りる時“あゝ、もう終わりか…”と、とても心残りでした。
 
こんな船旅は一生に一度のことでしょうけど…。でも、私たちの冥土の土産と呼んでいたバッハ・フェスティバルはこれで最後を繰り返し、もう13度もバッハ参りをしているのですから、今回の船旅は“一生に一度”もあまり信用できませんが…。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えていました。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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