のらり 大好評連載中   
 

■ドレの『狂乱のオルランド』~物語の宝庫、あらゆる騎士物語の源


更新日2024/05/23 




ドレの『狂乱のオルランド』 


サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ


谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵


 

第 9 歌  旅に出たオルランドの冒険


第 1 話:アンジェリーカの夢を見て城を出たオルランド

 

9-1-01


さて前回は、自らの不注意、あるいは配慮のなさが祟って、麗しのアンジェリーカをサラセン陣営に奪われてしまってからというもの、すべての力が体から抜け出てしまったかのような不甲斐のない日々を送っておりましたオルランドが、夢の中で思い姫に助けを求められたことで我に帰り、サラセン軍が包囲する城外に出たところまでお話ししました。

とはいうものの、オルランドの頭の中も胸の中も、アンジェリーカのことで一杯。情けないことに、敵陣の真っ只中に躍り出て、自軍を救うために戦うかと思いきや、そんな気持ちは微塵もなくて、城から出たのはただひたすらに、どこかで助けを求めているに違いないアンジェリーカのもとへ駆けつけるため。

それにしても、絶世の美女に心を奪われてしまった男のなんと情けないこと。もちろん、かく言う私にも身に覚えがあるけれど、こうなってしまっては男はもはや役立たず。何をしてもどこにいても心ここに在らずという状態。もちろん、麗しの想い姫に命を捧げるのも騎士にとっては最も重要なつとめの一つ。

とはいうものの、比類なき騎士オルランドともなれば、主君のシャルル大帝がサラセン軍に包囲されて苦境にあるとなれば、主君に尽くすこと、主君が統べる国の領民を命を賭して守ることこそが何より重要な騎士としてのつとめ。あるいは大義。

なのに、情けないかなオルランド、心にあるのは麗しのアンジェリーカの事ばかり。夜中に敵陣の真っ只中に出たのはいいけれど、何をするかと思えば、眠りこけるサラセン軍が目を覚まさぬよう、そっと陣地を抜け、森を出て、愛馬ドゥリンダナに鞭打って、さっさと麗しのアンジェリーカの消息を訪ねる旅へとまっしぐら。


9-1-02

ところが、どこに行っても誰に聞いても、アンジェリーカのゆくへはさっぱりわからない。そうこうするうちに一年が過ぎて、とうとうフランスと北の国々とを分かつライン川のほとりにまで来てしまった。かくなるうえは川を渡って異国で麗しの姫を探すしかないと思い定めたオルランドだったが、かといって馬で渡れるような川ではなくしばし途方に暮れていると、一人の美しい乙女が小船に乗ってやってきて言った。


9-1-03


  名高くも勇気ある騎士のお方とお見受けいたしました
  どうか私たちを助けてくださいませ。


騎士たるもの、女性に頼み事をされて断るわけにはいかない。もちろんオルランドは頼み事が何かも聞かずに引き受けた。女性の頼みを受けるかどうかを、内容によって決めたのでは騎士が廃る。

こうして乙女の船に乗ったオルランドは、海に出ると船を乗り換え外洋へと出たが、波は荒く、船は帆を上げて進むこともできずに、これからの行く先を暗示するかのような荒波に翻弄され続けた。

9-1-04

やがて4日目の夜も明けようとする頃、ようやく嵐は収まり、やがて船は凍てつく北の海の港に着いた。船が桟橋に横づけされると、それを待って一人の老人、真っ白なヒゲを長く伸ばした翁が、船から降りたオルランドに歩み寄って言った。

9-1-05


さてこの老人がオルランドに何を言ったか、そしてそれがオルランドをどんな冒険に巻き込んでいくかは、第9話、第2話にて。


…つづく

 

 

 back第9歌  旅に出たオルランドの冒険  第2話:オリンピア姫の苦難

このコラムの感想を書く

 

 

modoru

 


谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
著者にメールを送る

本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

アローAmazon 谷口江里也 著作リスト

アロー未知谷 刊行物の検索 谷口江里也
アローElia's Web Site [E.C.S]


■連載完了コラム

ジャック・カロを知っていますか?
~バロックの時代に銅版画のあらゆる可能性を展開したジャック・カロとその作品をめぐる随想
[全30回]*出版済み

明日の大人ちのためのお話[全12回]

鏡花水月 ~ 私の心をつくっていることなど (→改題『メモリア少年時代』[全9回+緊急特番3回] *出版済み

ギュスターヴ・ドレとの対話 ~谷口 江里也[全17回]*出版済み

『ひとつひとつの確かさ』~表現哲学詩人 谷口江里也の映像詩(→改題『いまここで  Here and Now』) [全48回] *出版済み

現代語訳『枕草子』 ~清少納言の『枕草子』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳 [全17回]

現代語訳『方丈記』~鴨長明の『方丈記』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語訳に翻訳 [全18回]

現代語訳『風姿花伝』~世阿弥の『風姿花伝』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳 [全63回]


岩の記憶、風の夢~my United Stars of Atlantis [全57回]
*出版済み

もう一つの世界との対話~谷口江里也と海藤春樹のイメージトリップ [全24回]
*出版済み

鏡の向こうのつづれ織り~谷口江里也のとっておきのクリエイティヴ時空 [全24回]
*出版済み

随想『奥の細道』という試み ~谷口江里也が芭蕉を表現哲学詩人の心で読み解くクリエイティヴ・トリップ [全48回]
*出版済み

バックナンバー
第1歌  初めて歌われるオルランドの物語
 
第1話:アンジェリーカの逃亡
 第2話:騎士アルガリアの亡霊
 第3話:アンジェリーカとリナルド
第2歌  騎士たちの大冒険
 第1話:リナルドの大冒険
 
第2話:乙女騎士ブラダマンテ
 
第3話:天馬を操る騎士
第3歌 乙女騎士ブラダマンテの運命
 第1話:不思議な洞窟
 
第2話:魔法の知恵の書に記された運命
第4歌 魔法の指輪
 
第1話:天馬の騎士の正体
 
第2話:魔城の秘密
 
第3話:嵐に会ったルッジェロのその後
 第4話:ギネヴィア姫の危機
第5歌 邪悪な公爵
 第1話:悲鳴の主

 第2話:陰謀の顛末
第6歌 不思議な冒険
 第1話:謎の騎士の正体
 
第2話:不思議な島
 第3話:この世の天国
第7歌 邪悪な魔女アルチーナ
 第1話:妖艶な美女
 第2話:魔術にかかったルッジェロ
 第3話:正気に戻るルッジェロ
第8歌 騎士たちとアンジェリーナのその後 
 第1話:正気に戻ったルッジェロ
 
第2話:その後のリナルドとアンジェリーカ
 第3話:老呪術師の淫らな欲望
 第4話:不思議な島の話

■更新予定日:隔週木曜日