サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 9 歌 旅に出たオルランドの冒険
第 1 話:アンジェリーカの夢を見て城を出たオルランド
さて前回は、自らの不注意、あるいは配慮のなさが祟って、麗しのアンジェリーカをサラセン陣営に奪われてしまってからというもの、すべての力が体から抜け出てしまったかのような不甲斐のない日々を送っておりましたオルランドが、夢の中で思い姫に助けを求められたことで我に帰り、サラセン軍が包囲する城外に出たところまでお話ししました。
とはいうものの、オルランドの頭の中も胸の中も、アンジェリーカのことで一杯。情けないことに、敵陣の真っ只中に躍り出て、自軍を救うために戦うかと思いきや、そんな気持ちは微塵もなくて、城から出たのはただひたすらに、どこかで助けを求めているに違いないアンジェリーカのもとへ駆けつけるため。
それにしても、絶世の美女に心を奪われてしまった男のなんと情けないこと。もちろん、かく言う私にも身に覚えがあるけれど、こうなってしまっては男はもはや役立たず。何をしてもどこにいても心ここに在らずという状態。もちろん、麗しの想い姫に命を捧げるのも騎士にとっては最も重要なつとめの一つ。
とはいうものの、比類なき騎士オルランドともなれば、主君のシャルル大帝がサラセン軍に包囲されて苦境にあるとなれば、主君に尽くすこと、主君が統べる国の領民を命を賭して守ることこそが何より重要な騎士としてのつとめ。あるいは大義。
なのに、情けないかなオルランド、心にあるのは麗しのアンジェリーカの事ばかり。夜中に敵陣の真っ只中に出たのはいいけれど、何をするかと思えば、眠りこけるサラセン軍が目を覚まさぬよう、そっと陣地を抜け、森を出て、愛馬ドゥリンダナに鞭打って、さっさと麗しのアンジェリーカの消息を訪ねる旅へとまっしぐら。
ところが、どこに行っても誰に聞いても、アンジェリーカのゆくへはさっぱりわからない。そうこうするうちに一年が過ぎて、とうとうフランスと北の国々とを分かつライン川のほとりにまで来てしまった。かくなるうえは川を渡って異国で麗しの姫を探すしかないと思い定めたオルランドだったが、かといって馬で渡れるような川ではなくしばし途方に暮れていると、一人の美しい乙女が小船に乗ってやってきて言った。
名高くも勇気ある騎士のお方とお見受けいたしました
どうか私たちを助けてくださいませ。
騎士たるもの、女性に頼み事をされて断るわけにはいかない。もちろんオルランドは頼み事が何かも聞かずに引き受けた。女性の頼みを受けるかどうかを、内容によって決めたのでは騎士が廃る。
こうして乙女の船に乗ったオルランドは、海に出ると船を乗り換え外洋へと出たが、波は荒く、船は帆を上げて進むこともできずに、これからの行く先を暗示するかのような荒波に翻弄され続けた。
やがて4日目の夜も明けようとする頃、ようやく嵐は収まり、やがて船は凍てつく北の海の港に着いた。船が桟橋に横づけされると、それを待って一人の老人、真っ白なヒゲを長く伸ばした翁が、船から降りたオルランドに歩み寄って言った。
さてこの老人がオルランドに何を言ったか、そしてそれがオルランドをどんな冒険に巻き込んでいくかは、第9話、第2話にて。
-…つづく