サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 9 歌 旅に出たオルランドの冒険
第 2 話:オリンピア姫の苦難
さて前回は、アンジェリーカを探す旅に出たオルランドが、ライン川のほとりで出会った乙女に導かれて川を渡り海に出て、ようやく嵐が静まって寄せた岸辺に真っ白なヒゲを長く伸ばした翁が、船から降りたオルランドに歩み寄ってきたところまでお話しいたしました。そして翁はこう言った。
勇気ある騎士様、我らが愛らしき姫のために
よくぞおいでいただきました。
私は姫の父君のその前の王の時代から王家に仕える者。
我が国を襲った存亡の危機と
その渦中で悲しみに沈んでおられる姫を
是非ともお救い頂きとう存じます。
比類なき騎士オルランドは、もちろん大きくうなづくと、翁の後に続いて前に進んだ。しばらく行くと、歩む翁の背中越しに、古めかしい館が見えてきた。さらに進むと、館の扉が開き、黒い衣装に身を包み、黒いベールで顔を隠した一人の女性が静々と階段を降りてきた。女性はオルランドの前に立つと、ゆっくりとベールをとって素顔を見せた。その美しいこと美しいこと。しばし見とれて立ちすくんでいるオルランドに喪服姿の美しい女性が言った。
私はこの国を治めるオランダ公の娘オリンピア。
父の寵愛を受けて幸せに暮らしておりました。
そんな私に、ある日さらなる幸せが訪れました。
遠い国から
サラセン軍との戦いに参加する途中で
国に立ち寄った青年騎士
ビレーノ様とお会いし
たちまち恋に落ちたからでございます。
ところがそのことが国に大きな災いを
もたらすことになってしまったのでございます。
詳しく聞けば、礼儀正しくもハンサムな青年騎士と愛する一人娘との恋をオランダ公も大いに喜び、ビレーノがサラセンとの戦いから帰ってきたらすぐに婚礼を上げようということになっていたという。ところが横暴残虐なことで知られる隣の国の王チモスコが、この恋に横槍を入れ、無理難題を言ってきたのだった。
オリンピア姫の美しさは、野蛮な武装国家フリジアにも伝わっていたため、残虐王チモスコは、その噂の娘と自分の息子を結婚させようと勝手に考え、その旨をオランダ公国に伝えてきたのだった。
娘が恋をしているのを知っているオランダ公が、その申し出を断ったから、さあ大変。怒り狂ったチモスコは、すぐに姫を差し出せ、さもなくば国を攻め滅ぼすぞと脅しをかけてきたのだった。
自分のために国が滅ぼされるようなことがあってはならないけれど、結婚を誓ったビレーノ様を裏切ることなどできるはずもありません。いっそ私を殺してくださいとオランダ公にすがったオリンピア姫でしたが、可愛い娘に手をかけることなどできるはずもなく、娘には結婚を誓った相手がおりますゆえ、とチモスコに重ねて返事を返したところ、激怒したチモスコは自らが先頭に立ってオランダ公国に攻め込んできたのでした。
あっという間にオランダ公の国を占領した残忍王チモスコは、オリンピア姫の二人の兄と、さらにはオランダ公までも、自らが持つ鉄の筒に火薬を仕込み、火縄でそれを爆発させて雷のような轟音とともに大きな鉛の弾を発射する、チモスコ以外には誰も持っていない悪魔の武器で、あっという間に撃ち殺してしまったのだった。
その後もチモスコは、息子との結婚をしつこく迫り、主人を亡くしたオランダ公国の領民に対しても、姫を差し出せば軍を引く、さもなければ一人残らず皆殺しだと触れ回って脅したため、とうとう領民は姫を捕まえ、隣国へと送り出す馬車に乗せたのだった。
事ここに至ってはとオリンピア姫も覚悟を決め、忠実な従者を二人伴って大人しく隣国に向かい、チモスコに面会するや、民の命を救うためなら私は喜んで王子様の妃になりますと嘘をつき、今夜にでも王子のものにと、自ら進んで王子の寝室に入ったのでした。
しかし、もちろんそれはオリンピアの策略で、王子が眠ったのを見計らい、連れてきた従者の一人を招き入れ、従者が斧で王子の命を絶ったのだった。
さあ大変、こんなことをしてしまったオリンピア姫がどうなるかは、第9歌、第3話にて。
-…つづく