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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第797回:スキー仲間の事故自慢

更新日2023/04/06


今年もまた、モナークスキー場で2ヵ月過ごし、帰ってきたところです。
昨年はウチのダンナさんのスキー場での衝突事故があり、満足に滑ることができませんでしたから、今シーズンにかける期待も大きく、天候、積雪にも恵まれ大満足のうちにスキーシーズンを終えました。
 
16名の老人スキー仲間、通称“雪ヤギグループ”は皆、ダンナさんのスキー復帰をとても喜んでくれて、口々に「サーノ、もう大丈夫?」「ウエル・カムバック!」とか励まし、元気付けてくれました。

驚いたことに、ダンナさんの事故、ヘルメットが割れるくらい頭を打ち、意識不明に陥った割に元気に復帰したことが、このスキー場ではチョットした話題? ゴシップになっているらしく、スキーパトロールのメンバー十数人だけでなく、リフト係、駐車場整理のお兄さんまで、声を掛けてくれたのでした。中には、どういうわけか“サーノ”と名前まで覚えている人がいたりして、ダンナさん不名誉だけど、知名度がグンと上がったのでした。

スキー場のリフトは午前9時に運転開始です。ですが、雪ヤギグループの面々は8時半には着いていて、ピクニックルームと呼んでいる大部屋でスキー靴に履き替えたり、スキーウェアに着替えたりします。大半の仲間、皆さんご老体ですから、膝に本格的なプロテクターを付けたり、幅広の丈夫な包帯、アスレティックテープを巻いたり、準備に相当時間がかかるのです。それに早く来ると、ロッジの最前列に駐車できるので、スキーやブーツの重い荷物を運ぶ距離がグンと短くなるという利点もあります。いずれにせよ、年寄りは朝早く目が覚め、ベッドでジーッとしていられず起きてしまうのですが…。
 
この定例朝のつどいの時、それはそれは皆さん、もうめちゃくちゃに元気良く、賑やかなことこの上ありません。毎日会っているのに、どうしてこうまで話題が尽きないのか不思議なくらいです。もちろん、毎日変わる雪質、山やスロープの状態、天候が話題になりますが、それ以上に多いのが、病気自慢ならぬ、怪我自慢です。

私たち以外全員と言って良いほど、皆さん膝に問題を抱えているようなのです。そこで当然の成り行きとして、人工関節組が何人もおり、かつ人工の股関節を入れている御仁もいたりで、俺なんか、私なんか両足の膝は人工関節で、その上、右の股関節も人工で、サイボーグ・ロボットみたいなもんだと言う仲間もいます。
 
膝にブレイス(brace;矯正器具)を付けるのは常識になっています。イギリス人の大男キースは膝だけでなく、両肘にもブレイスを付け、胸と背中にも硬いプラティックのプロテクターを付け、ヘルメットは最新式、しかもマイクロフォン付きで、万が一の事態の時には救援ヘリを呼べる気遣いです。その上、スキージャケットの上に雪崩に巻き込まれた時にパーンと膨らむエアーバッグ式の救命胴衣を背負っているのです。

一番無防備なのはダンナさんでしたが、くだんのキースが、「オメー、いくら石頭だと言っても、氷や岩には敵わないから、被っておけよ…」と、ダンナさんの禿頭に彼の古いヘルメットを載せてくれたおかげで命拾いしたのですから、彼のオーバープロテクション装備を笑うことなどできません。

スキー靴で、スキーを担いで15、6メートルしかないリフトまでヨタヨタ歩いているボブにダンナさんが、「ボブ、お前の歩き方を見たら、100歳以上で、死期間近に見えるぞ」と、冷やかしたところ、木々の間の深雪をかき分けるようにスイスイと滑るのを得意にしているボブは、「オレ、歩けないけど、滑れるぞ。おれの後について来いよ!」と、やられていました。私たちのスキー技術では、とてもそんなことできないのですが…。

私たちが、確実に一番レベルの低いスキーヤーなのです。皆さん相当なスキーヤーなのです。一本足のジムですら、私たちより遙かに優雅に滑ります。
 
言い出しっぺはダンナさんだと思いますが、捻挫、骨折などスキー事故に遭った体験、自慢を皆さんから引き出したところ、優しく控えめな性格、泣き顔のスーが、総計7回骨折しており、チャンピオンでした。そして呆れたことに、100パーセント、皆が皆、軽いのは手首の捻挫程度から、肋骨何本か、鞭打ち、骨盤複雑骨折まで体験しているのです。

長年スキーをやっていれば、いつかどこかで事故を起こすこともあるでしょう。それにしても、足や腕、肋骨を1、2度骨折したくらいで、スキーをもう歳だからと、辞めようとしないことに感心してしまいました。雪山とスキーにかける情熱の絶対量が多いのです。そして、あくまで自分の体力、年齢に対峙しながらも、どこまでも楽観的なのです。そう言えば、彼らが些細なことでも愚痴をこぼすのを聞いたことがありません。
 
雪ヤギグループの人たちからは、スキーの技術だけでなく、前向きの生き方も教わっているのです。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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