のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第646回:文化遺産を元の国に返還する運動について

更新日2020/02/20


ウチのダンナさんに引きずられるようにして、相当いろいろな国を回ってきました。今でこそ、ゴッホやマネ、モネ、ルノアールの絵が、お金持ちの国の美術館やプライベート・コレクションに収まっていても、誰も不思議に思いません。ただ、またクリスティーズ(Christie's)やザザビーズ(Sotheby's)などのオークション会社を通じて、大金を払って手に入れただけのことだと、受け入れてしまいます。

イギリスでは、大英帝国華やかなりし頃に、植民地から広く集めた遺物、当事国の民族遺産を大量に持ち帰り、大英博物館、民俗学博物館に展示しています。それは一見の価値がある素晴らしいコレクションです。エジプトからピラミッドに埋葬されていた王族のミイラ、エルギン・マーブル(Elgin Marbles)と呼ばれているギリシャのパンテオンのレリーフなど、よくぞこんな重いものを運んできたものだと感心する一方、スフィンクスやピラミッドを丸ごと運んでこなかったのが不思議なほど、大掛かりなものです。

ドイツも負けてはいません。ベルリンのペルガモン博物館(Pergamonmuseum;トルコ語ではベルガマと発音されるのが原音に近そうです)も、大掛かりな文化の一端を見せてくれます。ここもギリシャ、ローマ、中近東のヘレニズム、そしてイスラムの遺産のオンパレードです。

中でも「ミレトゥスの市場門」やバビロニアの「イシュタール門」、圧巻の「ゼウスの大祭壇」などは100メートルの長さに及びます。それを現在はイラクですが、現地から運び出し、もう一度再構築しています。ナチスドイツが戦争に負けた時、ソビエトは一種の戦利品として、それを丸ごと持ち去っているのです。しかしさすがに、ソビエトは気が引けたのかどうか、1957年になって共産主義国家の、出来の良い息子に返すように東ドイツに返却しています。

昔から、植民地から略奪するように持ち去った遺品、遺跡の数々を陳列した博物館を、口の悪い人は“泥棒博物館”と呼んでいます。アンドレ・マルロー(André Malraux)の小説『王道』(La Voie Royale)は、カンボジアからレリーフを盗み、ヨーロッパで売りさばく盗掘者たちのことを描いたものですが、たぶんに自叙伝的な作品で、アンドレ・マルロー自身も盗掘でカンボジアで3年の禁固刑の判決を受けています。

現在、ヨーロッパやアメリカの博物館で展示されている旧植民地からの遺物、遺跡の何倍かの遺物が大金で取引され、民間の金満家のコレクションになっていると言われています。

最近のイラク、シリア、ヨルダンの闘争中に、実に多くの貴重な博物、遺物が盗まれたり、破壊されました。確かに、大英博物館やペルガモン博物館が所蔵、管理せずに、そのまま元の国に置いてきたなら、今のような保存は望めなかった…と言えます。とっくに破壊されたり、分断され、売られていたことでしょう。西欧の植民地主義を憎みますが、こと文化遺産に関しては、十分役割を果たしてきたと思います。

今、それらの文化遺産を元の国返す運動が広がっています。
ヨーロッパの国々では、それらの文化遺産の元の国が政治的に安定し、遺産、遺物、美術工芸品を保存、展示できる体制が整い次第返却する…と声明を出してはいますが、何を持って政治的な安定とするのか、曖昧でヨーロッパの国々のエゴばかりが、前面に出てきています。

フランスのマクロン大統領は、植民地時代にフランスが持ち出した文化遺産、民芸品、芸術品などはすべて元の国に返還すると声明を出しました。慌てたのはイギリスです。ナイジェリアのベニン文化の芸術品を1890年代から大量に持ち帰り(租借という形で持ち出したものもたくさんありますが…)、それらをヨーロッパ全土に売り、オイシイ商売をしていたからです。

ベニンのブロンズレリーフや塑像は見事なもので、彼らの造詣能力の高さ、豊かさを表しています。一部が大英博物館に展示されているものを見ただけですが、それは見事なもので、像が脈打ち、今にも動き出し、踊り始めるのではないかと思わせます。古くは13世紀のベニン族の生活を知ることができる貴重なものです。大英博物館にはとても及びませんが、ナイジェリアのベニンに小さな博物館が建てられ、そんなブロンズの像のいくつかが収まっています。

それらの文化遺産を、受け入れ態勢が整ったら返すなどとケチなことを言わず、イギリス、フランス、ドイツは立派な博物館を建ててあげるべきでしょう。ヨーロッパの国にしてみれば、そんな出費は問題にならないくらい僅かなものです。そして、その後の管理一切、当事国に任せるべきだと信じています。万が一、それらの遺産、遺品が西欧の基準から見て完璧に保存、展示されていないとしても、それは彼らが決めるべきことです。元々略奪するように持ち去ったモノなのですから、ともかく返却しなければなりません。

ベニン市の特別展示館の長であるオモンクア(Ikuhuehi Omonkhua)さんは、「ヨーロッパに散らばっているベニンの文化遺産は、単なる芸術品ではない。いわば、それらはベニンの先祖を人質に取られているようなものです」と述べています。

-…つづく

 

 

第647回:日常的なアメリカの悲劇……

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回~第550回まで

第551回~第600回まで

第601回:車がなければ生きられない!
第602回:メキシコからの越境通学
第603回:難民の黒人が市長になったお話
第604回:警察に車を止められる確率の件
第605回:日本と世界の浮気事情を比べてみる
第606回:寄付金と裏口入学の現実
第607回:狩猟シーズンと全米高校射撃大会
第608回:アルビーノの引退生活
第609回:人間が作った地震の怪
第610回:チーフ・エグゼクティブ・オフィサーとは何か?
第611回:ホワイトハウス・ボーイズの悲劇
第612回:Hate Crime“憎悪による犯罪”の時代
第613回:ルーサー叔父さんとアトランタでのこと
第614回:“恥の文化” は死滅した?
第615回:経済大国と小国主義、どっちが幸せ?
第616回:“Liar, Liar. Pants on Fire!”
(嘘つき、嘘つき、お前のお尻に火がついた!)

第617回:オーバーツーリズムの時代
第618回:天井知らずのプロスポーツ契約金
第619回:私は神だ、キリストの再来だ!
第620回:両親の老後と老人ホーム
第621回:現在も続く人身売買と性奴隷
第622回:高原大地のフライデー・ナイト・フィーバー
第623回:山は呼んでる? ~100マイル耐久山岳レース
第624回:ウッドストック・コンサート
第625回:セクハラ、強姦、少女売春、人身売買
第626回:学期始めのパーティー
第627回:西洋の庭、日本の庭
第628回:引退前の密かな楽しみ
第629回:ご贈答文化の不思議
第630回:グレード・パークのコミュニティー活動
第631回:“煙が目に沁みる”
第632回:堕胎禁止法とハリウッド映画界
第633回:キチガイに刃物、オマワリに拳銃
第634回:ハンターが殺到する狩猟解禁日
第635回:妊娠は穢れたもの、恥ずかしいこと?
第636回:ウルトラ肥満の経済学
第637回:旨いモノと動物愛護
第638回:世界遺産が地域をダメにする
第639回:家元制の怪 1
第640回:家元制の怪 2
第641回:年頭から暗い話題ですが…
第642回:アタティアーナさん事件及び家元制への追記
第643回:政治家になると、人は変わる!
第644回:老人スキークラブ
第645回:日本女性はモスレム国と同列?

■更新予定日:毎週木曜日