第647回:日常的なアメリカの悲劇……
日本でも、コンビニ強盗は、誰も注意を払わない日常茶飯事で、新聞にも載らず、アッ、またかで終わる事件でしょうね。アメリカでも毎日何百件と発生していることなので、全米の統計とか、町ごとに年に何回そんな事件が起こっているのか正確な統計すらありません。時折、監視カメラに映った間抜けなコンビニ強盗が、タバコだけ盗って逃げようとしたところ、緊急ボタンで施錠されたガラスドアに頭をぶつけ、ノビテしまった映像がテレビのトピックスで笑いの種のように放映されるだけです。
コンビニ強盗はレベルが低い犯罪で、知能の低い人が衝動的に犯すことが多いのだそうです。お店の方も、モノを壊されたり、キャッシャーが怪我をするより、スンナリと現金を渡すよう指導していると言います。あまりにも何度も強盗に入られるので、怒り天に達したコンビニのオーナーが、万引き犯をピストルで撃ち殺す事件が起こり、犯人が黒人の未成年者、撃った店のオーナーが韓国系のアメリカ人だったので、奇妙な人種問題に発展した例もあります。
私が勤めていた大学のある町は人口12万人、主な産業が大学関係と老人のリタイアホーム、それに病院というようなところですから、殺伐とした事件はまず起こりません。
ところが、2020年2月6日の真昼間に、場末のコンビニに強盗が入り、アルバイトで店番をしていた若い女性がナイフで刺し殺されたのです。名前がジェシカ・ストローハムとありましたから、まさか私の生徒だったジェシカではないかと心臓の脈がドキンとしたところ、ジェシカの同級生たちから、続々とメールが入り、私の教える日本語ⅠからⅢまで取った生徒さんだったジェシカであることが確実になったのです。
ジェシカと彼女のグループはとりわけ印象に残っており、ほとんどドリームチームと呼びたいくらい、和気藹々、それでいて皆よく勉強し、教え合い、助け合い、教師冥利に尽きるようなクラスでした。ジェシカは人を押しのけたり、大声で自己主張するタイプではありませんでしたが、私はジェシカに一つの役割を与えていました。私が日本語を教えている時、ツイ、英語で説明したり、英語を使ったりした時、「先生、全部日本語でやってください」と、私に注意を促す役割を与えたのです。私のクラスでは、生徒さんも私も、日本語だけを話すことにしていました。私は何度もジェシカに注意されました。
この日本語クラスの生徒さんたちは、3年経った今でも、グループを作り親交を結んでいます。ジェシカは結婚を約束したボーイフレンド、クリントンといつも席を並べて授業を受けていました。二人ともとても勤勉で、読み書きのテストではいつもトップの成績でした。
ジェシカを刺し殺した犯人はすぐに捕まりました。防犯用の監視カメラに映っていた上、犯人自身が血だらけの服装で、どうもコンビニで人を刺してしまったようだ…と知人に語っていたからです。この21歳の青年は、相当ドラッグに溺れた状態だったのでしょう、盗んだのは150ドルとタバコ、ジェシカのパソコンで、警察に捕まった後の供述でも、記憶が途切れ、事件全体を覚えていない…と言っているのです。
でも、ジェシカのパソコンの始末に困り、ゴミ箱に捨てていますから、証拠を隠滅して罪に問われない配慮をしていると取っていいでしょう。犯人は痩せ型、長身のハンサムな白人です。彼はカウンターを飛び越え、ジェシカの胸をナイフで一突きし、金庫のお金とタバコ、パソコンを盗り、またカウンターを乗り越え、逃亡したのです。
ジェシカにとって最悪だったのは、刺されたところが心臓の近くだったこと、それでも、すぐに誰かが、お客さんかが店の異常に気づき、救急車の手配をすれば助かった可能性があるのですが、カウンターの後ろに倒れているジェシカに誰も気が付かず、ジェシカもパニックボタンを押す暇もなく刺されてしまいましたから、そのままの状態で放っておかれ、1時間後に救急車が着いた時には、その場で死亡と判断されました。
こんな事件が身近に起こると、彼女を失った悲しみと、こんな事件を起こした犯人に対する怒り、持って行き場のない感情に捉えられます。罪を憎んで人を憎まずなどという御題目はすっぽ抜け、犯人を死刑にしてやりたいとさえ思うのです。
そして、こんな事件が日常的に起こっているアメリカの不健全な社会の異常性に、アメリカ人自身がはっきりと気づくべきなのです。すぐ隣の人、ごく親しい人がそんな形で死ぬのは、本人、私もそうなる可能性があるということなのです。
ジェシカさん、心安らかに御眠りください。日本語クラスの仲間、皆、貴女の静かな存在を忘れないことでしょう。
-…つづく
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