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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第78回:泥棒被害と役立たずの番犬アリスト

更新日2019/07/25

 

些細なことだが、『カサ・デ・バンブー』で会計時に使う釣り銭用の竹の皿、中国人がやっているバルセロナの雑貨屋で買ったケバケバしい絵が描いてある安物だが、100枚が最初の年の2ヵ月ほどできれいに消えた。お箸も、先まで太く丸い中国製のモノで、一応朱塗りしてあった安物も、大量に消えた。レストランで食事をした以上、お箸と釣り銭用の皿くらいは、持ち帰るのは当然だとでも思っているかのようだった。

イビサに棲んでいた十数年の間、冬場の3、4ヵ月間、島を離れ空き家にしていたせいもあるだろうが、実に頻繁にモノを盗まれた。これはスペインのどこでも同じだとは思うが、自分自身が被害に遭うと現実味を帯びてくる。

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イタリアの定番ベスパ、このボロボロの大中古に乗っていた

私が足にしていたぺスパ、原付バイクのような小さなモペット、今指折り数えてみると6台盗まれた。元々大中古のボロバイクだったにしろ、足を奪われた時には私も人並みに憤り、警察へ届け出たりした。これは全く無駄なことで、警察は何もしない。もっと頑丈な鎖を8の字に後輪、前輪に回し頑丈な南京錠で施錠しろ…と諭されるだけだった。

一度だけ、盗まれたプッチ(イタリア製の49ccの原付)を取り戻したことがある。私のバイクを覚えていてくれた警察が交差点で、悪ガキが私のバイクに乗っているのを見つけて制止したところ、悪ガキは転がるように逃げ、バイクを回収してくれたのだ。それも、私がカパソ(藁で編んだイビセンコバッグ)に仕入れの品々を入れ、歩いていたところ、そのお巡りさんが、「お前のバイクが警察署にあるぞ」と、声を掛けてくれたのだ。その一度の偶然だけで、他の5台はそのまま消えた。

店は二度荒らされた。一度目はマランツのステレオアンプとスピーカー、ワイン、コニャック、釣り銭を持っていかれ、二度目は泥棒被害に遭わないためにはモノを持たないことだ…とばかり、ステレオも店に置かず、釣り銭の箱も自分のアパートに持ち帰るようにしたのだが、3、4キロの牛肉、肉切り包丁、数本の高級ワイン、コニャックをやられた。

『カサ・デ・バンブー』は車で乗り付けることができないので、手で運び出せる量のモノしか盗むことができないのが幸いしたのだろう、被害総額はいずれの場合もたいしたものではないが、こじ開けられて傷ついたドアを見る度に、自分の領域が他人に犯されたという苦く、嫌な感覚が湧いた。

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腰振りダンスがお得意の老ボクサー犬アリスト

一見、恐ろしげな老ボクサー犬アリストは、番犬として全く失格だった。私が近くにいる時だけ、見知らぬ人がアパートのドアの前に来ると、太い声で、首を伸ばすように吠えるのだが、その人が犬好きでアリストに話しかけると、もうダメで、切られたシッポを振り、相手構わず擦寄っていくのだ。

アリストは大方私のアパートで寝ていた。直径1メートル少々の円形バスケットに毛布を敷き、アリストの寝床にしていた。アリストのバスケットベッドは私のベッドから対角線というか、離れたドア近くに置いていた。というのは、アリストは相当な音量のイビキをかくし、勇ましい夢でも見ているのだろうか、いきなり吠え、またコロリと寝たりするからだ。

その上、夜中に何度か、どのような深い理由があるのか、外に出、また部屋に戻ってくるのだ。その都度、オモテに出してくれ~、中に入れてくれ~と、大きな音をたててドアを引っかくのだ。終いには、寝ている私の顔に臭い息を吹きかけ、ペロペロ舐めたり、片足を私の体に掛け揺り起こすのだ。唯一の対策は、ドアを開け放したまま寝ることだった。

私は店の売り上げを巾着のような袋に入れ、枕元にある自作のステレオアンプ、チューナー、レコード、カセットプレイヤーを並べたラックの後ろに隠すように置いていた。アンプの後ろには適当なスペースがあり、巾着を隠しておくには最適な場所のように思えたし、なにせ私の枕元だから、盗まれる気遣いは全くない…と思っていた。 

ところがある朝、その袋が消えていたのだ。いったい、他人のアパートに無断で上がり込み、しかも本人が寝ているすぐ脇にあるステレオセットの後ろまで探すことができるものだろうか。私は先ず自分を疑った。昨夜いつものように、カパソに売り上げを入れたかどうか、他の場所に巾着を置き忘れたのではないか…と、『カサ・デ・バンブー』の中を探し回り、カパソの中を引っ掻き回し、アパートの中を探したが、巾着は忽然と消えていたのだ。

私はアリストの首根っこを捕まえて、「オマエ~、駄目な犬だな~、もっと真面目に番をしろ…」と言ってはみたが、アリストは褒められたとでも思ったのか、短く切られたシッポの付いたお尻を振るだけだった。

毎朝、そうしていたように、銀行に出向き、昨日の売り上げはナシで、昨夜、泥棒に全部持っていかれ、袋に小切手帳も一緒に入れていたので、小切手も取り替えたい旨伝えたところ、すっかり顔なじみなっていた銀行員が、ニヤリと笑いながら、「これだろう?」と、私の赤い巾着を取り出して見せたのだった。

現金はなくなっていたが、小切手はそのまま入っていた。巾着が道端に落ちていたのを誰かが拾い、銀行に持って来てくれたことのようだった。心配した小切手は一枚も使われていなかったが、一応、別の番号のモノに取り変えてもらい、その足で、無駄だとは知りつつも警察に向かった。

受付で待つまでもなく、顔なじみの刑事が、オッ、お前かという顔で小部屋に通してくれ、私が巾着盗難の顛末を語るのを、調書も取らず、ほとんどニヤニヤしながら聞き、そして、「それじゃ、現金だけ盗られたんだな。オマエにだからはっきり言うけど、盗まれたものは戻ってこない。犯人も捕まらない。ドアを開け放したまま寝ていたのはお前の落ち度で、今頃、泥棒ネットワークでオマエのところは泥棒ウエルカムと、ドアを開けて待っていると評判になっているぞ。これから毎晩、彼らがやってくるぞ。第一、あいつらは、外国人、金持ち(私はそうではないのだが…)からモノを掠めることはに全く罪の意識なんぞ持っていないからな、 盗られないように自衛するのがオマエにできる唯一のことだ」と、被害に遭った私に非があったから盗られて当然とばかり諭される始末だった。

私が“枕探し”をやられた、どこでどうなったのか、巾着は私の枕の下に入れていたのを盗られたことになっていた。『カサ・デ・バンブー』のあるロスモリーノス界隈で、そのウワサ話が広がった。そして、ゴメスさんとギュンターが、私の部屋を出て行く泥棒を目撃していたことが分かったのだ。

泥棒は鉢巻、バンダナを巻いた若い女性で、私の部屋を明け方、悠然と出て、べスピーノ(原付、小型のベスパ)に跨り、立ち去ったのを上から眺めていたと言うのだ。ゴメスさん、ギュンターは、やっと私が女性を部屋に引き込むことができるようになったのか…と、ホクソエンだと口調を合わせるように言うのだった。

その女性と寝たうえで、枕探しをやられたならまだ分かるが、セックスも何もせず、ただお金を取られたというので、私は散々バカにされ、笑われ、「ロスモリーノスの名物トーヘンボクとして歴史に残るとぞ…」とまで言われた。私への同情の声は全くあがらなかった。

その同じ年の秋口だったと記憶している。私が一泳ぎした後、シャワーを浴び、タオルで体を拭きながら部屋に戻ったら、若い、といっても20代後半か、30歳に手の届く年頃の女性がアパートのテラスに、至極、当たり前という風に立っていたのだ。

私は彼女を何度も町で、バーで見かけたことがあった。鉢巻に崩れたヒッピーファッションのいで立ちは、ゴメスさん、ギュンターが描写した姿そのままだった。すぐにもコイツか…と、ピンとくるものがあったのだが、「オマエだろう、俺のお金を盗ったのは!」と大声で、厳然と言うすべを知らず、私は、「何か用か?」と間の抜けた質問を繰り出したのだった。

彼女は平然と、ここに誰それが住んでいないかと問い、ドアが開いていたから入ってきたと、まるで私が招待でもしたように言い、私がそんなヒトはここにはいないと答えると、「そう、それじゃ、また…」とかなり流暢なスペイン語で受け流し、去って行ったのだった。テラスから見ていると、彼女は例のベスピーノに跨り、ロスモリーノスの坂を登って行った。

すべては後の祭りだが、クダンの女性はオランダ人で、手癖が悪いうえ、誰とでも寝るという評判のイビサ長期滞在組で、警察もなんとかシッポを捕まえて、国外退去にするチャンスを待っていると知らされた。

役立たずのアリストは、あいつは泥棒だからアパートに入れるなという私のオシカリも分からず、尾の切れた尻を振るだけだった。私は、また厚かましく上がりこんできた枕探し娘を、懲らしめもできず、何もせずに返したことで、更にバカにされ、冗談の種にされた。
誰にでもシッポを振るアリストは、飼い主に似ただけだと言われた。

-…つづく

 

 

第79回:ピーターとティンカのこと

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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