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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第79回:ピーターとティンカのこと その1

更新日2019/08/01

 

イビサを離れ、シーズンオフにお客さんを訪ねることをしなかったと以前書いたが、数少ない例外は、マドリッドのアントンとジョランダ、そしてロンドンのピーターとティンカだった。

ピーターは私より相当年上、恐らく60台半ばのBBCを退職した老人だった。少し腰周りが太り始めているが、全体に引き締まった体を持ち、動作が若々しい中背の男だった。彼自身、自分をニュースキャスターと言わず、ニュースリーダーと謙遜して呼んでいた。

このようなイギリス的謙遜に何度か出会っていた。もしイギリス人が、「私はちょっとそのことを知っている…」と言うなら、その道の専門家、権威と言ってよいだろう。

後で知ったことだが、ピーターも単なるニュースリーダーどころか、ニュースキャスターで、BBCラジオ界では彼の名も声も知れ渡っていた。有名人、政治家、時の人とのインタヴューもこなし、モハメッド・アリとの対話は新聞に写真入りで載ったし、彼の趣味が嵩じて専門になってしまった…と彼は言うのだが、テニス、ウィンブルドンの実況、解説はピーターなくしては成り立たないと言われるほどの存在だと……これも後で知った。

ウィンブルドンの優勝者とのインタヴューは何年にも渡りこなしていた。数年後、ロンドンの彼の自宅を訪れた時、歴代のウィンブルドン優勝者と一緒に撮った写真が廊下一面に飾られているのを観て、イギリス人は油断がならない……と肝に銘じたことだ。私はイビサでの、陽気でジョーダンばかり飛ばすピーターしか知らなかったのだ。

彼の声は低すぎず、太すぎず、良く通る張りのある声で、実に明確な発音で話すので、私にはとても分かりやすかった。かといって、彼の英語は奇妙に気取ったクイーンズイングリッシュでもなく、中性的な発音とでもいうのだろうか、自然に流れるような話し方をした。

趣味はテニスで、イギリスのテニス協会認定のコーチライセンスを持ており、ロンドンでもテニスクラブで初心者、そこから一歩進んだクラスレベルを教えていた。

奥さんのティンカの本名を知らない。ティンカー・ベルは小説『ピーター・パン』に出てくる妖精で金髪をポニーテイルにし、背中に生えたトンボの羽のような薄く軽い羽で飛び回り、魔法の粉を撒く、手のひらに乗るほどの大きさのキュートな天使だ。

ピーターの恋人、後に奥さんになった妖精のティンカは、ピーターがティンカとあだ名を付けた十分な理由が見て取れる30代の小柄で痩せ型グラマー、滅多に見ない真金髪の持ち主だったが、髪の毛の量が少なく、薄く、ピンクの頭の地肌が透けて見えるほどだった。彼女は頭の回転がとても速く、飲み込みの良いこと、空気を読む能力に長けていた。普通の人ならほんの5分間でも彼女と話せば、彼女の頭の良さ、明晰と言って良いほどの頭脳に気づくと思う。

ピーターと知り合い、その後いくばくもなくピーターがティンカをイビサに連れてくるようになった時、私はティンカがただキュートな金髪美人、老齢に近いピーターに連れ添うアクセサリーのような女性だと思っていた。二人の大きな年齢の差のこともあり、こりゃピーターの一時の気迷いか…と勝手に思っていたのだ。

どのような事情があったのか、ティンカが一人で『カサ・デ・バンブー』に来たことが2、3度あった。テーブルに着かず、日陰になっているバーカウンターに陣取り、今スペイン語のAクラスの試験勉強をしていると、スペイン語の質問などを私にしてきたが、私のスペイン語は実用一点張りで、とても彼女の試験の手助けにはならなシロモノだった。

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サン・ラファエルの農家風別荘(本文とは関係ありません)

二度目に一人で来た時だったと思う。ピーターが買ったサン・ラファエルの土地を、隣人が境界をはみ出し、彼の土地に私道を引きガレージを建ててしまった、どうしたものかという相談だった。そんな時、ティンカはきちんと不動産屋が使うような計測された図面を広げ、ここがこれだけ削られたと具体的に示すのだった。

見ると、2、3エーカー(約3,000坪)はあるイビサとしては広大と言ってよい地所をピーターは購入しており、そこへアイルランド人女性建築家が設計したイビサのフィンカ(農家)風の小さなヴァケーションハウスを建てていた。

恐らく、隣人は知らずにか、ズボラを決め込んでのことか、ピーターの土地を通過するように私道を造り、ガレージを建てたことのようだった。それは、ピーターの家からは木立の陰になって全く見えないところではあった。そんな問題をどう解決したものか、私に知恵や経験があるはずもなく、かといってピーターとティンカが地元、イビセンコの知り合い、スペインの法律に詳しい知人もいなかったのだと思う。私のように小さいながらも島で商売をしているというだけで、事情通と見なされ信用されるのだ。

ドイツ人と同じように、彼らイギリス人もイビサにあって、彼らだけのサークルで動く傾向が強い。イギリス人の不動産屋、旅行代理店、事情通がいて、“外国人からボルことばかり考えている信用できない地元の不動産マフィアから、私が守ってあげる”という口車で、同国人から甘い汁を吸っているのだった。

私の忠告とも呼べない、当たり前の提案は、境界線を明確にせず、登記された土地より狭い物件を売った不動産屋に落ち度がある、1年に数ヵ月しかイビサにいないピーターとティンカが、スペイン、イビサの裁判所に訴えるのは、雇う弁護士に払うお金も相当な額になるだろうし、いつ裁決が下るとも知れない、気が遠くなるほど時間がかかることは確実だ。だからその不動産屋には、相当強い圧力を掛ける必要があるにしろ、不動産屋に交渉させ、削り取られた土地を取り返すのではなく、お金で解決するのが良いのではないか、という程度の提案しかできなかった。

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旧市街の中心となるVala del Rey通り

もし必要なら地元の新聞『ディアリオ・デ・イビサ』と英字新聞の記者を紹介するから、マスコミを通して圧力をかけるぞ…と、不動産屋を脅してもいいんじゃないか…とも提案した。その不動産屋はバラ・デ・レイ通り(イビサのメインストリートの並木道)に店を構える、外国人向けのヴァカンスハウスを扱う大手だった。

一般的に外国で、この場合はスペインだが、外国人同士が法律問題で争う時、得をするのは地元の弁護士だけだ。地元の裁判所にしろ、外人同士の余計な問題を持ち込んでくれるな…と言うところだろう。ピーターの土地を意図せずに横領した隣人はオランダ人だった。だが、落ち度は明確に不動産屋にあったと思う。

こんな問題になると、いつも明るく元気のよいピーターはからっきし駄目で、「この土地と家を建てるのに使ったお金で、毎年超豪華なホテルでヴァカンスを楽しめたのに…」と弱音を吐くのだった。こんな問題をテキパキと取り仕切ったのはティンカの方だった。

-…つづく

 

 

第80回:ピーターとティンカのこと その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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