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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第495回:大統領の置き土産

更新日2017/01/12



オバマ大統領の任期もあと2週間足らずになってしまいました。もっとも、トランプはまだ大統領に就任していないにも関わらず、本人は大統領のように振る舞い、マスコミもそのように扱っていて、トランプの軍事や税制、医療福祉、外交はこれからどうなる式の話題ばかりが交され、オバマ大統領がどこにいるのか、何をやってるのか、さっぱりニュースになりません。

次期大統領トランプが指名権を持つ、大臣や長官、側近の略歴をみると、よくぞこれだけ右翼、差別主義者がアメリカにもいたものだと、あきれ返り、逆に感心してしまいます。彼がネオナチのスキンヘッドやKKKから内閣に入いる人を指名しても不思議でないほどです。

オバマ大統領が始めたすべての政策がくつがえされることは、まず確実でしょう。その上、政策の舵を大きく国粋主義、右寄りに切り、一番力のない黒人やヒスパニックと呼ばれているスペイン語を話す人たち(主にメキシコ系の人たちですが)、プアーホワイトに厳しい政策をとることになるのでしょう。

オバマ大統領が推進していたDACA(Deferred Action for Childhood Arrivals;幼児期入国者の滞米延長処置法案)の下で、500万人に及ぶすでにアメリカに住んでいるけど居住権のない中南米人に、まず学校教育を受けるチャンスを与え、市民権を取得する第一歩とする法案の実行を推進してきました。

私の大学にも、子供の時に親に連れられてメキシコから渡ってきて、アメリカで育ち、米語だけしか話せない学生がたくさんいます。アメリカで生まれたなら、自動的にアメリカの国籍を与えられますが、2、3歳で親に連れられてアメリカに来た人たちは、身分証明書が何もないので、パスポートも取れず、アメリカ以外の国を全く知らないのです。

赤ちゃんをアメリカで生んだ母親、父親も、赤ちゃんこそアメリカ国籍を取得できますが、両親は不法滞米者扱いでした。それをオバマ大統領が特令(DACA)を出し合法的にアメリカに滞在できるようにしましたが、それをトランプはすべて取り消して国外に追放すると言うのです。

それに対し、多くのメキシコ人学生を抱えるカルフォルニア大学の学長ジャネット・ナポリターノ(Janet Napolitano、前国土安全保障省長官だった)はいち早く声明を発表し、私の大学に登録されている学生のプライバシーは守る、合衆国政府の追放令には従わない…と言明しました。それに協調するように、東部アイビーリーグの有名大学、プリンストン、イエール、ハーバードをはじめ、大手の大学は続々と一度大学に登録された学生の権利を守り、トランプ政権の追放令には従わないと言明しました。トランプのヒスパニック追放令に対抗する姿勢を示したのです。

アメリカに必要なのは、ハングリースピリッツと労働意欲を持った若い彼らです。彼らは大学教育を受けた後、働き始め、アメリカ人として税金を払い、良い市民となることでしょう。追放令は彼が市民となる道を閉ざしてしまい、地下に潜ることになるだけなのです。現に中南米からの季節労働者がいなければ、カルフォルニア、フロリダの農園は閉鎖しなければならない状況です。

大統領は任期終了前に最後の権限として、イロイロなことをします。大きな国立公園をいくつも認可したり、農地、牧地だった所を住宅開発ができるよう土地利用の政令を変え、不動産業者にお金を落とすように取り計らったり、自分の名前の付いた飛行場や記念碑(必ずしも本人が生きている間とも限りませんが)を造ったり、超大型の軍事開発費を組んだりします。

オバマ大統領は、レーガン、ブッシュ父子時代のドラッグ政策“寛容ゼロ”政策で、20年、30年の刑に服している囚人のケースを洗い直し、暴力性がなく、ほんの若気の至りでドラッグに手を出してしまった人を恩許で釈放し始めたのです。

10年前までは、現在多くの州で合法化されているマリファナですら違法でしたから、何グラムか自分用に持っていただけで、長期の刑が言い渡されていました。たくさんの高校生、大学生がついつい、マリファナを吸ってしまったようなケースでさえ10年以上の刑の厳罰をくだされました。中には本人が全くドラッグを手にしたことがないケース、ただ口を利いて中継ぎをしただけで、35年の刑を受けて、牢獄に繋がれていたケースもあります。

私も高校生の時に同級生と牧草畑で車座になってマリファナを吸い、ビールを飲だりした経験がありますから、危うかったのかもしれません。

この“寛容ゼロ”政策は一種中世の異端審問で、アメリカの禁酒法をドラッグに当てはめたようなものです。良い例は9、10歳くらいの小学生が学校に食卓用のナイフを持ってきた、これは校則で厳禁されていることだからと退学処分になった事件がありました。

この娘のお母さんがお弁当箱にナイフとホークを入れ、本人は全く知らなかったのですが、規則は規則だと処分されたのです。こんな事件を知ると、私はむしろ、その娘さんの担任の先生、生活指導の先生、それに退学処分を決めた校長先生の精神状態を疑いたくなります。

“寛容ゼロ”は完全に失敗した政策キャンペーンで、寛容ゼロの時代に学校でのテロが多発し、本格的なドラッグディーラー、ギャングたちが地下活動を活発化させ、大いに儲け、力を付けました。これも禁酒法時代と同じです。(この少女は後に復学を許されました)

そんな時代に牢屋に入った囚人をオバマ大統領は800名以上釈放しています。その中に終身刑の判決を受け服役している囚人が266人もいます。

反対政党の共和党が圧倒的多数を占める議会では、与党の民主党が提案したどんな法案も可決される可能性がありませんから、残った大統領権限でできる限りのことをしようとしているかのように見えます。

この恩赦、釈放は当事者とその家族にとってはとても大きなことですが、次の選挙の票稼ぎのような政治的な意図は全くないといって良いでしょう。人道主義が政治を動かすことはありえないのは歴史的事実ですが、オバマ大統領は敢えて彼らにもう一度、人生を見直すチャンスを与えたと言ってよいでしょう。 

歴代の大統領の恩赦を見ると、レーガンは8年間の就任中13人、G.W.ブッシュは11人だけでした。それも政治がらみで…。

 

 

第496回:ファッショナブルな刺青

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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