のらり 大好評連載中   
 
■インディアンの唄が聴こえる
 

第26回:ウィリアム・ベントの子供たち その2 

更新日2023/07/13

 

サンドクリークの被害者に対し、合衆国政府は640エーカーの土地を供与した。罪の償いのつもりだろう。だが、当時、白人の入植者はホームステッド法案に基づき申請すれば一人200エーカーの土地をタダで貰えたのだ。子供、親族、祖父母の名前を含めて広大な土地を貰い受けるのが当たり前になっていたから、サンドクリークの犠牲者に土地を与えたところで、合衆国政府の懐は全く傷まない。

ウィリアム・ベントの長女メリーは、白人のパイオニア、ロビンソン・ムーアと結婚し、現在ベント郡と呼ばれているコロラドで半生を過ごした。父親ウイリアムの世話を最後までし、看取ったのはメリーだった。彼女は自身混血であるにもかかわらず、シャイアン族に帰ることもなく、白人として過ごした。ロビンソンとの間に6人の子供をもうけたが、子供たちは皆、白人の学校に入れ、シャイアン族との縁を断ち切っている。

もう一人の娘、ジュリアは、フランス系のエドモンド・ゲリエー(Edmmund Guerrier)と結婚した。フランス式に発音しにくいのだろう、アメリカ西部史ではエド・ゲリーで通っている。エドの父親がフランス系、母親はtah-tah-tios-neh (Walks in sight;無理して訳せば“見えるように歩く人”とでもなるのだろうか…)で、エドはカンサスのセント・メリー・カトリック学校から、セント・ルイス大学に入学しているから、相当優秀な子供だったのだろう。学校に入っていたことで、エドはシャイアン居留地を襲ったコレラ大感染から免れている。その時、母親と幼い弟、妹を失っている。エドの父親が一時期ウィリアム・ベントの元で働いていたことがある関係だろうか、ベント一家とゲリー一家は交流があった。
 
サンドクリーク事件の時、エドもその場に居合せ、際どいところで生き延びている。ジュリアもサンドクリークにいた。互いに九死に一生を得たのがキッカケになったかどうか、二人は1865年、サンドクリーク事件の翌年に結婚した。狭いシャイアン族の部落の中で、互いに混血同志、英語とシャイアン語が出来、白人としての教育も受けているとなると、そんな人の数は知れている。当然の出会いだともいえる。しかし分からないのは、何故、エドがサンドクリークにいたのかということだ。彼は半分シャイアン族ではあるが、シャイアンの分派ワタパイ(Wutapi)族で、必ずしもブラック ・ケトル率いるシャイアン族の主流ではない。

No.26-01
  エドモンド・ゲリエー(Edmmund Guerrier)
フランス系の父、シャイアン族のリトルロック、ウタパイ族の母を持つ

エドは内務省の通訳として働いた。と同時に交渉能力があり、リトル・アーカンソー条約締結の時、重要な役割を果たしている。その後、ハンコック少佐が率いるハンコック探検隊に加わったりした。温厚で説得力のある極めて優れた通訳だったのだろう、合衆国の戦争局、軍、内務省から中西部で何かインディアンとの揉め事、交渉の必要がある時には、エドが呼び出された。だが、彼も白人の都合だけでインディアンを苦しい立場に追い込む政策の手先になることに嫌気がさし、オクラホマの農園に引き籠もるようになった。そして1921年まで生きた。オクラホマ・シティーの西50マイルにあるゲリー市(市と言っても人口1,300人程度だが…)は彼の農園のあったところだ。

ジュリアはサンドクリーク事件の補償?として貰ったコロラドの土地を売り、エドと共に彼の農園に移り住んだ。そして、農園の主婦として、エドの妻として1932年まで生きた。


ブラック・ケトル(Black Kettle)

サンドクリーク事件を書くに当たって、外せないのがシャイアンのリーダー格であり、白人との和平交渉の主役を務めたブラック・ケトル(真っ黒なヤカン)だ。
彼は北方シャイアン族の血筋であり、南ダコタで1803年に生まれた、、ことまでは分かっているが、その後、1854年にシャイアン部族の集会でチーフに選出されるまでの経歴は知られていない。1851年に合衆国とシャイアン族との間に結ばれたララミー砦の条約は初めから、白人が一方的にシャイアン族に押し付けたものであるにもかかわらず、デンバー郊外のパイクスピークに金鉱が見つかると、そんな条約は無視され、与えた土地を取り上げ、破棄し、次々と新しい条約を作り、シャイアン族、インディアンを移転させていった。また、インディアンの部族間でも争いが絶えず、白人に付け入る隙を与えたのは事実だ。
 
ブラック・ケトル自身は一種の現実主義者だったと思う。それは白人、合衆国の圧倒的な物力、兵力を目の当たりにして培われたモノだったろう。白人どもはまるで魔法の玉手箱から際限なく繰り出すように、兵隊、馬、銃火器を取り出し、攻めてくる現実を認めざるを得ない現実があった。ブラック・ケトルはそれを知り尽くしていた。圧倒的な物量、兵隊の恐ろしさは分かっていただろうが、ブラック・ケトルがアメリカ合衆国という国家を理解していたかどうかは疑わしい。国という概念はインディアンの部族にはなかった。ましてや、アジア的な王国ではなく、民衆が集まって作る西洋的な近代国家がどういうモノであるかを理解していたとは思えない。
 
早く言えば、ワイズ砦の条約にしろ、シャイアン族、ブラック・ケトルには、それを認め、従う以外に選択の余地がなかったのだと思う。いくらインディアン政策に同情的なウェインコップ少佐が身を張るようにインディアン保護政策を施行しようとしたところで、シャイアン族が追い込まれ、殺されて行くのを止めることはできなかった。

black kettle
ブラック・ケトル(Black Kettle)
白人との間に平和が成り立つと最後まで信じていたが、
カスターの第7騎兵隊にオクラホマの西、ワシタ川で妻とともに背中から撃たれ死んだ

写真に撮られたインディアンの酋長、メディスンマンらはどうしてこうまで揃いも揃って存在感のある顔をしているのだろう。シティング・ブル、クレージー・ホースらの写真は、博物館に大写しのパネルになって展示されているが、その一枚だけで圧倒的な雰囲気を生み出している。

 

200年も経っていないのだが、書き言葉を持たないインディアンたちの歴史は伝承に頼るほかない。いかに文化人類学者がインディアンの部族ごとの生態、習慣、伝統を明らかにしつつあっても、史実そのものとはなり得ないのだ。
ブラック・ケトルも、表向きは白人との和平派を装ってはいたが、内部の対白人強硬派の声、勢力を鎮めるため、彼は1850年代には盛んに白人開拓部落、幌馬車隊を襲っていたと言う歴史家もいる。ブラック・ケトルが直接指揮した白人襲撃事件は10数件に及ぶと指摘している者もいるくらいだ。

白人が無差別に毛皮のためだけにバファローを殺し、平原インディアンを飢餓に陥れたから、壮年の男どもは、家族のためどこかで食料を得る必要があったとも言える。食料なら開拓部落にあり、幌馬車隊に積み込まれている、そんな侵入者から奪い取るのは当然だという理屈だ。

-…つづく

 

 

第27回:ブラック・ケトル その2

このコラムの感想を書く

 


佐野 草介
(さの そうすけ)
著者にメールを送る

海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■音楽知らずのバッハ詣で [全46回]

■ビバ・エスパーニャ!
~南京虫の唄
[全31回]

■イビサ物語
~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
[全158回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 5
[全28回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 4
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 3
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 2
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 1
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part5
[全146回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part4
[全82回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part3
[全43回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part2
[全18回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝
[全151回]

■貿易風の吹く島から
~カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]


バックナンバー
第1回:消えゆくインディアン文化
第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2
第5回:サンドクリーク前夜 その1
第6回:サンドクリーク前夜 その2
第7回:サンドクリーク前夜 その3
第8回:サンドクリーク前夜 その4
第9回:サンドクリーク前夜 その5
第10回:シヴィングトンという男 その1
第11回:シヴィングトンという男 その2
第12回:サンドクリークへの旅 その1
第13回:サンドクリークへの旅 その2
第14回:サンドクリークへの旅 その3
第15回:そして大虐殺が始まった その1
第16回:そして大虐殺が始まった その2
第17回:そして大虐殺が始まった その3
第18回:サンドクリーク後 その1
第19回:サイラス大尉 その1
第20回:サイラス大尉 その2
第21回:サンドクリーク後 その2
第22回:サイラス・ソウルの運命
第23回:サンドクリーク後のシヴィングトン
第24回:サンドクリークとウィリアム・ベント
第25回:ウィリアム・ベントの子供たち その1

■更新予定日:毎週木曜日