のらり 大好評連載中   
 
■インディアンの唄が聴こえる
 

第27回:ブラック・ケトル その2 

更新日2023/07/20

 

ブラック・ケトルは、自分の部族をどのように説得したのだろうか。白人はシャイアン族とアラパホ族がサンドクリークに移住すれば、食料を供給すると約束していたが、そのまま白人の空約束を信じるよう説得したのだろうか。ともかく、部族を率いてライアン砦に赴き、そして今度は不毛の死地サンドクリークに部族と共に移動したのだ。

部族は最後までブラック・ケトルを信用して付き従ったのだろうか。それ以前に、ブラック・ケトルは白人が協約を守ることを、合衆国政府の政策を信用していたのだろうか。ブラック・ケトルに付き従い、結果、サンドクリークで皆殺しに遭ったシャイアン族、アラパホ族はブラック・ケトルに騙されたとは思わなかったのだろうか。あいつは、白人に対して卑屈すぎるイエスマンだという部族民、とりわけ若者、馬を乗りこなす年齢に達したハンター、戦士には、反対派が多かったに違いない。生き残り組の多くは、サンドクリークの居留地を離れ、食糧を得るため狩猟に励み、ある者はブラック・ケトルに見切りを付け、ドッグ・ソルジャーへと走ったのだろう。
 
今になって、150年前の事件振り返ると、ワイズ砦の協約がいかにインディアンに不当、不利なものであったか良く見える。当時、現場にいた人たち、政治家、軍人、白人開拓民は、インディアン部族の構造がどういうものであるのか、また部族間の関係などまるで分かっていなかったし、インディアンの酋長たちにしろ、白人が持つ土地の所有観念、合衆国の政治機構、軍隊の構造などの政治体系はまるで理解できていなかっただろう。

白人がアメリカ大陸に移住し始める前までのインディアンの社会は、部族単位で成り立っていた。部族間の交流があり、戦争があり、集団での移住が繰り返されていた。

ブラック・ケトルも白人の歴史に顔を出し、その名が知られるようになる前まで勇猛な戦士だった。彼が白人と初めて対峙した時、それまで彼が相手にしてきたキオワ族、コマンチ族、アパッチ族などとは全く異なる人種、優秀な武器をふんだんに持つ、また組織立った戦いが展開できる人間たちだと悟ったに違いない。

ブラック・ケトルは一種の洞察力を持った現実主義者ではなかったかと思う。彼の態度は、部族内の若者から見れば御都合主義の日和見主義者に見えたに違いない。白人、とりわけアングロサクソンが異民族に次々と押し付けてくる要求、条約は、彼らの絶大な武力を背景にしている。早く言えば、お前達、この条件を呑まなければ自滅するぞ、と恐喝したのに似ているのだ。

条約にサインしたインクが乾く前に、また新たな原住民にとって不利な条約を強要するのだ。条約というのは、双方がそれを守らなければ意味がない。条約を破るのはいつも白人の方だった、とばかり言えない。例えば、ブラック・ケトルやホワイト・アンテロープがサインした協約にしろ、酋長としての彼らが部族全体を支配していたわけではない。“あんな白人との条約なんか、あいつらが勝手に結んだことで、俺たちには関係ない”という若者、部族もたくさんいたに違いない。ブラック・ケトルの勢力が中西部の全シャイアン族に及んでいたわけではなかった。分派のシャイアン族が白人開拓民を襲うと、白人どもはシャイアン族が条約を破ったと取った。

多くの中西部の白人にとって、“友好的なインディアンと敵になるインディアン”程度の認識しかなかった。
 
ワイズ砦の和平協約が結ばれたのが1864年9月28日で、その2ヵ月後にサンドクリーク虐殺が起こっている。こんな状況下で、白人を信用する方がどうかしている。部族のあり方、将来を少しでも思い巡らす人なら、白人に対して復讐を誓うか絶望に陥って無気力症候群になって当然だ。

ブラック・ケトルは、サンドクリークで生き延びた。それは奇跡と呼んでいいような偶然が重なった結果だった。だが、一緒に北東へ逃げようとした妻は、9発の銃弾を受け、瀕死の重症を負った。彼女を抱えるようにブラック・ケトルは生き延びた。

その後も、ブラック・ケトルは和平路線を維持した。白人と協調する以外に部族の将来はありないと見込んでいたのだろうか。このブラック・ケトルの平和的態度に、南部のシャイアン大部族、コマンチ族、キオワ族はこぞって反対した。

一方、サンドクリークの3ヵ月後にあった“ジュレスブルグの襲撃”、それに凄惨な“セグウイックの攻撃”にブラック・ケトルが加わっていた確かな証拠がある…とする史家もいる。

ともあれ、1867年10月28日、サンドクリークから3年後、ブラック・ケトルはメディスン・ロッジ和平条約にサインした。白人開拓者への襲撃を抑える代償として、シャイアン族をオクラホマの居留地に移住させるという、それまで何度も繰り返されてきた協約内容だ。ブラック・ケトルはシャイアン族の自分の分派からもドッグ・ソルジャーに加わる者が多く、とてもシャイアン族を制御する力はなかったし、これまでの協約と同じように、白人サイド、騎兵隊も、そんな条約を無視した。 


今度、シャイアン族の絶滅を図り、実行したのはカスター中尉が率いる第7騎兵隊だった。

サンドクリークから後2日で4年になるという1868年11月28日、協約に基づき居留地、オクラホマのワシタ川沿いにキャンプしていたブラック・ケトルと彼に付き従うシャイアン部族100名をカスター中尉の第7騎兵隊が襲撃したのだった。この目立ちたがり屋で、派手な功績を上げ、軍名を挙げようと狙っていたカスター中尉は、彼の目論み通り将軍にまでなるのだが、ブラック・ケトルのシャイアン族の絶滅を図ったのだ。確かに、インディアン居留地はドッグ・ソルジャーの逃げ場になってはいたが、ここで殺されたシャイアン族も、またもや多くは女、子供だった。

西部劇などでも最も卑怯とされている、背中から撃たれ、ブラック・ケトルは死んだ。滅亡していく部族を背負っての66年の生涯だった。

No.27-01
ブラック・ケトルはこの界隈で殺された

現在、テキサス州との州境オクラホマのその地は、ブラック・ケトル草原国立公園になり、公園の中央をワシタ川が流れている。

ブラック・ケトルは西部史上悪名高い二人の騎兵隊長に攻撃され、一度目のシヴィングトンの時には辛くも生き延びたが、二度目のカスターに襲われた時には運が尽きたのだった。

No.27-02
ジョージ・アームストロング・カスター
1876年にリトルビッグホーンで死んだ時は将軍(Major General)だった。
カールした髪を長く伸ばし、自身のイメージを大切にしていた。
この写真は1865年に撮られたものだが、気取ったポーズをとっている。
カスターは陸軍士官学校(ウエストポイント)を最低の成績、ビリで出た。
ともかく職業軍人としてキャリアを積んでいった。

No.27-03
1859年南北戦争前に撮られた写真では、気の弱さがそのまま出ている。
それがインディアン戦争(退治?)になって、騎兵隊の長として勇名を馳せるようになった。

カスターは栄転を続け、全米にその名を知られるまでになったが、増長しすぎた。また、スタンドプレイが過ぎ、リトルビッグホーンで第7騎兵隊と共にスー族の攻撃で絶命した。しかし、これがインディアンが騎兵隊に勝利を収めた最後になった。

-…つづく

 

 

第28回:テロ集団、ドッグ・ソルジャー

このコラムの感想を書く

 


佐野 草介
(さの そうすけ)
著者にメールを送る

海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■音楽知らずのバッハ詣で [全46回]

■ビバ・エスパーニャ!
~南京虫の唄
[全31回]

■イビサ物語
~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
[全158回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 5
[全28回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 4
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 3
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 2
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 1
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part5
[全146回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part4
[全82回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part3
[全43回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part2
[全18回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝
[全151回]

■貿易風の吹く島から
~カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]


バックナンバー
第1回:消えゆくインディアン文化
第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2
第5回:サンドクリーク前夜 その1
第6回:サンドクリーク前夜 その2
第7回:サンドクリーク前夜 その3
第8回:サンドクリーク前夜 その4
第9回:サンドクリーク前夜 その5
第10回:シヴィングトンという男 その1
第11回:シヴィングトンという男 その2
第12回:サンドクリークへの旅 その1
第13回:サンドクリークへの旅 その2
第14回:サンドクリークへの旅 その3
第15回:そして大虐殺が始まった その1
第16回:そして大虐殺が始まった その2
第17回:そして大虐殺が始まった その3
第18回:サンドクリーク後 その1
第19回:サイラス大尉 その1
第20回:サイラス大尉 その2
第21回:サンドクリーク後 その2
第22回:サイラス・ソウルの運命
第23回:サンドクリーク後のシヴィングトン
第24回:サンドクリークとウィリアム・ベント
第25回:ウィリアム・ベントの子供たち その1
第26回:ウィリアム・ベントの子供たち その2

■更新予定日:毎週木曜日