第493回:細長い電車 - 三岐鉄道 北勢線 2 -
北勢線の電車は小柄だ。背丈は他の電車より少し低く、東京の大江戸線くらい。そして幅は狭い。新交通システムと同じくらいか、さらに狭い。先頭車の顔つきが背高ノッポに見えるけれど、実は幅が狭いからそう見える。車体も短いけど、幅とのバランスを考えると長く見える。でも扉は左右に2ヵ所ずつだから、やっぱり小さい。つまり、新交通システムの車両を前後に引き伸ばし、普通の鉄道線路の上に載せた電車であろうか。
軽便規格の電車はモーター音もレトロ
北勢線の車両が細長い理由は、線路の幅が狭いからだ。JRの在来線は1,067mm、これはイギリス伝来の3フィート6インチ規格に由来する。そして北勢線は762mm、2フィート6インチ規格となっている。軽便鉄道のサイズだ。私が今までに乗った路線では、黒部峡谷鉄道がこの軌間だった。今回の旅で乗る路線のうち、三岐鉄道北勢線、近鉄内部線と八王子線が軌間762mmだ。そしてこれらが日本で営業する762mm軌間の全路線である。
どこに座ってもすべての窓を見渡せる
西桑名に到着した列車からは50人ほど降りてきた。折り返しの列車は3両編成で10人ほどだ。私と同じ趣味の方が数人。今日は軽便鉄道博物館の開館日だから、終点まで乗ると思われる。先頭車は私を含めて3人。小さい電車とはいえ、この人数ならば、立っていようと座っていようと自由である。
私は運転台の後ろに立って前を見ようと思ったけれど、空調装置がどんと置かれている。思い直してロングシートに座った。向かいの席、つまり反対側のロングシートが近い。その感覚こそ軽便鉄道規格の電車ならではの面白さだ。車体が小さいから、どこに座っても、すべての窓から景色を見渡せる。
運転台の手前の窓が潰れている。車体が小さいため、空調装置が室内にある
ジリジリジリと発車ベルが鳴り、プシューと圧縮空気を抜く音、そして自動ドアがガラガラガラと音を立てて閉まる。フォン、と低めの警笛。ガガガガンと車体が揺れ、連結器あたりでガチャっと聞こえて、それからモーターの唸り。うぉぉぉぉぉんという、昔の電車の音である。これらすべての音が、どこにいても耳に入ってくる。電車と一体になったような気分になる。
鮮やかな黄色で塗られた細身の電車は近代的な顔つき。でもモーターからはレトロな音が出た。電車の番号は272とあった。調べてみたら、1977年に製造した車両である。36歳。年寄りだが、まだまだ現役。若いものには負けんぞ、という車齢だ。
電車は関西本線と並び、すぐに離れる。民家の裏の路地のような場所を走り、関西本線が右へそれていく。こちらと関西本線との間に駐車場や民家が見える。このエリアにはどこから入るのだろうか。それを眺めているうちに勾配を上がり、右へ曲がって関西本線と近鉄名古屋線を跨いだ。勾配を降りて行くと、また民家裏の路地を走る。神社の脇を通り抜ける。
ときどき細い道路が並び、すぐに途切れる。片側一車線の道が近づき、離れた。地図では線路が員弁川に平行に敷かれている。しかし川は見えず民家ばかり、少し畑が増えているかなという景色だ。小学校の体育館の裏を通り抜けて、蓮花寺駅についた。駐車場が整備され、小さいながらもきれいな駅舎が建っている。
しばらく走ると右手に大きな工場が見えて、前方の線路を東名阪自動車道が跨いでいる。その下を通り抜けたところに在良駅。「ありよし」と読む。銀行のATM出張所のような、小さくてきれいな駅舎がある。北勢線は単線だ。ここで上り列車とすれ違った。
東名阪が景色の境目のようで、住宅は減り田畑が広がる。西桑名を出てすぐにこれじゃあ、北勢線は儲からないだろうと思う。右手にまた大きな工場があって、次の駅は星川だ。ここで地元の方々は降りてしまった。駅前に大きな駐車場がある。これは駅の近くの本屋さんと、向こうに見えるスーパーマーケットの駐車場だ。駅の近くなのに、クルマで来る人を大事にしないと商売にならない。
電車はS字カーブを通り抜けた。また住宅街となり裏路地の線路を走る。しかし次の七和から先は田畑ばかり。穴太駅を過ぎても同じ。住むところと農産エリアの違いがはっきりしている。線路はまっすぐで、廃止されたらあぜ道に転用するしかなさそうだ。
近代的なデザインの駅舎が多い
ここまで、どの駅も近代的な小さな駅舎があった。歴史ある軽便鉄道という先入観とは違う。小さな電車が新しい駅に停まる。その様子は遊園地の園内鉄道のようだ。
北勢線が三岐鉄道に移管される時に、駅舎や駅前を整備するなど、大改造を実施している。自治体からは10年間の運行継続という約束だった。これだけ手を入れた理由は、10年間で乗客を増やして、もっと長く走らせようという意図があったのだろう。あるいは、鉄道が廃止されても公衆便所やミニ集会所へと転用できると考えたか。
東員駅の向かい側の電車は一枚扉でレトロ感が増す
東員駅は少し規模が大きい。ホームは島式がひとつだけだ。しかし保線基地があり、電車の留置線が二つあって、こちらと同じ形の電車が休憩していた。東員駅止まりの列車はラッシュ時間帯が終わりかけた頃に1日3本が設定されている。ちなみに東員駅は「とういん」だが、所在地は「員弁郡東員町」で、これは「いなべぐんとういんちょう」と読む。難読地、難読駅を見つけると、知識が増えた気がしてうれしい。しかし、なりのいなべ市は市町村合併の時にひらがなにしてしまった。ちなみに、さっき停まった穴太駅は「あのう」と読む。
電車基地を通過
東員駅を発車すると、車両基地の横を通り過ぎた。駅はないようだ。線路の反対側は民家が多く、ここ駅を作れば利用者が増えそうだ。もっとも、三岐鉄道と地元自治体はそんな試算は何度も繰り返し、駅の移動や新設、リニューアルを実施した。ここは次点くらいだろうか。
トンガリ屋根の駅舎もレトロ感
線路はやや上り勾配になる。角度が上がっていくらしく、電車がつらそうな音を出す。ずっと平野部だから気にならなかったけれど、この辺りは扇状地だ。列車は上流に向かっている。終点は平野部だろうか、山の中だろうか。そんな予想を楽しむ。現地についてから知りたいから、スマートフォンで地図を見たりはしない。
楚原駅で折り返し待機中
大泉駅から楚原駅までは約5分だ。この電車の終点が楚原駅である。到着後、すぐに折り返すかと思ったら停まったままだ。駅舎の時刻表によると、折り返しの西桑名行き9分後。私が乗り継ぐ阿下喜行きは39分後。ここに9分も留まるくらいなら散歩に出よう。
楚原駅の駅舎は近代化されていなかった。駅前を見渡すと、近くに神社があった。その名も楚原神社という。まずは神社にお参りか。外に出ようとすると、黄色いウインドブレーカーを男性に声をかけられた。今日は北勢線の乗車推進運動の一環として、北勢線検定というスタンプラリーのようなイベントをやっているという。面白そうだが、北勢線は本日乗ったばかり。検定に挑むほどの知識はないと遠慮した。
-…つづく
第493回の行程地図
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