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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第80回:ピーターとティンカのこと その2

更新日2019/08/08

 

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サン・アントニオのテニスクラブ

翌年の春先だったと思う。ピーターとティンカがやってきて、テニスコート、プールのオープニングパーティーをやるから是非来てくれと招待してくれた。イビサにはコートが4面しかないテニスクラブがあり、コートもクレイで観覧席などない、地元の同好会的なお遊びテニスクラブだった。

最初、私はテニス好きのピーターが地元のクラブと話を付け、そこでパーティーでもやるのかと思っていたところ、サン・ラファエルの自宅にテニスコートを造ったというのだ。大いにリップサービスなのだが、「これも、みんなあなたの忠告のおかげだ。不動産屋と隣人とが大枚を払ってくれたので、そのお金でテニスコートとプールを造ったのよ」と、ティンカは言うのだった。

イビサの町から7キロほど島の中心部の丘陵を登ったところ、松に覆われた静かな森の中に彼らの家はあった。曲がりくねった彼らの私道に差し掛かった両脇に背丈ほどの高さに石を積み上げ、そこに小さな可愛らしい木のプレートが掲げられ『CasaTinker』(カサ・ティンカ;ティンカの家)とあり、ディズニーのピーターパンに登場するティンカー・ベルが魔法の杖を手にして飛んでいるのが描かれていた。

そこから、距離にして20-30メートルもないのだが、家は目立たないよう、うまく森に埋もれるように建てられていた。イビサ-サンアントニオ間の島で一番交通量の多い道路の騒音はそこまで上がってこず、閑静なフィンカ(Finca;農家風別荘)だった。但し、誰もが求める海とイビサ旧市街の風景は望めなかった。

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クレイコート付きの別荘(イメージ写真です)

フィンカの南西にいかにも地中海的なブーゲンビリア、ゼラニュウムなどを配した庭があり、その庭の外れに楕円形に柔らかな曲線を持つプールがあった。そして、プールに隣接するように高いフェンスを巡らしたテニスコートがあるのだった。

コートの両エンドのフェンスは4、5メートルもあろうか、私のようなドシロウトが超ホームラン的にボールを飛ばさない限り、まずテニスボールが外に飛び出す気遣いは無用のようだった。プールとテニスコートは、彼らの慎ましいフィンカに比べ、どこかアンバランスに豪華に見えた。

ピーターに、「オマエ、凄いモノを造ったな~~。こんな良いテニスコートはホテル・アシエンダ(La Hacienda;イビサで一番と言われている超豪華ホテル)にもないんじゃないか、おまけに最高のコーチ(ピーターのこと)が付いているんだから…」と正直呆れ返ってコメントしたことだ。

ピーターは、「こりゃ、すべてティンカの決断で、俺自身も自分がテニスコートを持つとは夢にも思っていなかったゾ」と、ティンカが不動産屋、隣人といかに交渉をまとめ、相当な金額を取り、イギリスに持ち帰っても、あまり使い道のないペセタ(peceta;当時のスペイン通貨)でテニスコートを造ったこと、これもすべてティンカの決断で、バルセローナから専門の業者を呼ばなければならなかったこと、地面を真平らにするのが、こんなに大仕事だとは想像もしていなかったこと、イギリスで芝生のコートばかり馴染んできたピーターにとってクレイコートはチョッと勝手が違うけど…云々と語ったのだった。

オープニング・パーティーはプールとテニスコートの間の木陰に長いテーブル、と言っても建築用のパネルを2枚並べ、真っ白なテーブルクロス、恐らくシーツだろう、を掛け、花を活け、カバ(cava;スペイン製のシャンパン)を砕いた氷の入ったバケツに突っ込み、充分に冷やしてあるのを、景気よくポンポンと開け、乾杯で始まった。

集まったのは私を入れても6、7人だった。社交的なピーターとティンカのことだから、島のイギリス人の半数くらいは大げさだが、数十人は集まるのではないか…と想像していたが、意外と内輪のパーティーだった。

そして直ぐに気が付いたことだが、地元でバールやレストラン、旅行代理店などをやっている我が同胞的なイギリス人は一人もおらず、皆が皆、イビサに別荘を持つ、暇と金が有り余っているヤンゴトなき風情の人たちだった。大挙してサンアントニオに2、3週間のパッケージ・バカンスで訪れる人種とは全く違っていた。私一人が、異邦人どころか白鳥の群れに紛れ込んだアヒルの態だった。 

考えてみるまでもなく、テニスコートのオープニング・パーティーだから、当然、皆イギリス風の真っ白いテニスウェアを身につけ、これまた白いテニスシューズを履いていた。私はと言えば、サッカー用の短パンにティーシャツといういで立ちだった。その上、皆(私以外だが)相当なテニスプレイヤーと見受けられ、イニシエーションの儀式的なテニス、ピーターがテニスボール100個は入っているカゴからボールを打ち、2、3回のラリーで次の人と交代するのだが、そのような軽い打ち合いでもスタイル、フォームが決まっていて、実にサマになっており、長年の研鑽を思わせた。

私の番になり、ピーターが貸してくれたラケットを握り、ピーターが丁寧に、緩く、しかも私の2、3歩前に落としてくれたボールを打ち返した…までは良いのだが、やはり野球のバットでも振るようにラケットでボールをひっぱたいていたのだろう、ボールは高いフェンスを越えて場外ホームランになってしまった。「オオ、このテニスコートで初めての柵越えだ…!」と冷やかされた。

ティンカは完璧なホステスぶりをみせた。
軽い打ち合いの儀式を終え、テーブルに着き前菜のメロンの上にハモン・セラーノ(生ハム)の薄切りを被せるように置いたものが出て、マッシュルームとズッキーニのニンニクの和え物、ガスパッチョ、そしてパエリャというスペイン的なメニューだった。ティンカ一人ですべてこなしているようなので、私は台所まで行き、何か手伝うことはないか、何でも言いつけてくれと申し出たところ、「ナーニ言ってんの、今日、あなたは大切なお客さんよ。サービスは私がするわよ」とあっさり断られた。

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Gazpacho Andaluz(アンダルシア風ガスパチョ)

北ヨーロッパ、アメリカでのパーティーではホストの男性は飲み物とバーベキュー(をするなら)を受け持ち、料理は女性が作り給仕する。これがスペインだと、親父さんが料理の腕を揮うことがママある。ピーターはシャンパンを切らさぬように皆のグラスに目を走らせ、ティンカがガスパッチョをサーブし始めると、これも良く冷えた白ワイン『Viña Sol』(ヴィーニャソル)、しかもグラン・レセルバ(最高級長期熟成ワイン)に切り替えた。もちろんシャンパングラスは片付けられ、冷凍庫で冷やしたワイングラスが持ち出された。

招待された客、全員を丁寧に紹介されたが、とても名前と顔が一致せずに終わった。

このようなイギリス人のアッパーミドルクラス(中産階級)の人たちの社交術とでも言うのだろうか、場をもたせ、会話を進行させる術(すべ)にはいつも感心させられる。

私一人が、異邦人であり、地元で小さなショーバイをしているバックパッカー上がりだったが、私を話題の外に置くこともなく、次々と日本のこと、実際彼ら全員が、ピーターとティンカを含め、少なくとも一度は日本に行ったことがあったのだが、スペインのワインのこと、また私が旅行好きだと知ると、インド、カシミール、ネパールのことなど、共通のテーマをさりげなく持ち出すのだった。

-…つづく

 

 

第81回:ピーターとティンカのこと その3

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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