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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第389回:流行り歌に寄せて No.189 「好きになった人」~昭和43年(1968年)

更新日2020/01/30



今から35年あまり前の大晦日、昭和59年(1984年)の第35回NHK紅白歌合戦の大トリは、この年引退を表明し、自身最後の歌唱の披露となった都はるみだった。

曲は『夫婦坂』。彼女は、今までの歌手生活の集大成としてのラストソングを、精魂込めて歌い終え、客席に深々と頭を下げた。

惜しみない拍手の中で、この年の紅白のすべての歌唱が終わろうとしたその時、この日の白組の司会である鈴木健二アナウンサーの不可思議な行動が始まったのである。

「みなさんご静粛に…(中略)私に1分時間をください…(後略)」。彼は一人で長々と喋り続ける。事前にアンコール交渉をしたが、「この『夫婦坂』で燃え尽きたい」と固辞した事情も説明しながらも、すべてを歌い終わった都に、会場と全国の家庭が期待しているからと、アンコール曲の歌唱を交渉しだした。

そして、彼女がまだ承諾の返事をしないうちに、この日の演奏オーケストラである、ダン池田とニューブリードは『好きになった人』のイントロを奏で始める。1番は涙で詰まってほとんど歌えなかった都だが、鈴木アナの催促と、この日出場した他の歌手たちの大合唱により、2番をやっとの思いで歌い終えたのである。

私は、この放映を観ていて、どうしてこんなことができるのか、その蛮行ぶりに、ただただ驚いてしまった。心の限り歌い終えた曲の後、姑息な手段で誘導され、全く準備していない曲を、整理のつかない思いで、歌手生活の最後に歌わされた都の心情を考えたとき、暗たんたる思いがした。

後になって分かったことだが、やはりNHK側がほぼ鈴木アナの独断で、都側から固辞された後に、無断で段取りしていたということであった。ベテランの中のベテラン・アナウンサーが、歌手の心、そして歌唱という繊細な世界に土足で踏み込み、自分たちが演出したかった作り物の「感動」を会場及び視聴者に強要した許し難い行為だと、私は思う。

そして、この不自然なアンコール曲の歌唱の直後、この日の総合司会であった生方恵一アナウンサーが、都はるみに向かって「ミソラ…」と誤って語りかけて、一瞬絶句し、カブリを振った後、「ミヤコ」と言い直した、いわゆる『ミソラ事件』が起きる。

そちらの方が年が改まってからも大きな波紋を呼び、生方アナの去就にも少なからぬ影響を与えてしまう。しかし私は、その言い間違いの方は、しっかり謝罪をしたのであるから、それで幕を引けることだったと思う。

それよりも、鈴木アナー筆頭に計画されたNHKの傲慢な姿勢の方こそ、大変な問題があったと、今でも深く思っている。

正直、私はこの瞬間からNHK紅白歌合戦に対して急激に熱を失ってしまった。そして、NHKにも深い不信感を持つことになったのである。

その翌年の紅白でも鈴木アナはC-C-Bを真似たコスチュームで登場するなどの悪ふざけをして顰蹙(ひんしゅく)を買っている。ご自分の行動に関しては『気くばり』ができない人のようである。この頃から、私だけでなく多くのファンからの『紅白』離れが始まり、この国民に愛され続けてきた番組の人気は、下降線をたどるようになった。



「好きになった人」  白鳥朝詠:作詞  市川昭介:作・編曲  都はるみ:歌  


<歌詞削除>

 



しかし、世の中というのはやはりわからないもので、「普通のおばさん」になり切れなかった都はるみは、この5年後の第40回NHK紅白歌合戦に出場し、翌年の平成2年からは歌手活動の完全復帰をしてしまった。

そして、あの剣幕で歌わされた『好きになった人』を別バージョンではあるが、平成8年の紅白で披露したのである。

さて、話は前後したが、昭和43年に発売されたこの曲は、『アンコ椿は恋の花』『涙の連絡船』以降、約3年間大きなヒットがなかった後に生まれた久しぶりのヒット曲であった。しかし、今回調べたところ『アンコ椿は恋の花』が100万枚超え、『涙の連絡船』が155万枚のセールスを記録しているのに対し、『好きになった人』が20万枚あまりと、意外にもそれほど多くない数字であり、却って驚かされている。

因みに、都のあと2曲のミリオンセラーは『北の宿から』144万枚、『大阪しぐれ』が115万枚であるが、曲の知名度から言っても『好きになった人』はもっともっと売れていても良さそうな気がする。

作・編曲は、都の「歌謡界の父」と呼ばれた、市川昭介。上にあげた曲の中で、小林亜星による『北の国から』以外の曲は、彼によって作られている。

作詞の白鳥朝詠。都はるみの歌詞は、西沢爽、星野哲郎、石本美由起、関沢真一。丘灯至夫などの錚々たるメンバーによって作られているが、その一角に名を連ねている人だ。都のために『栃木エレジー』、そのB面である『夜よいつの日明日になる』そして、『好きになった人』のB面『夜の海に来たの』を市川昭介とのコンビで提供している。

他には、ちあきなおみの『四つのお願い』『X+Y=LOVE』『別れたあとで』『しのび逢う恋』などの彼女の初期のヒット曲を作詞している他、懐かしいアニメソング「鉄よりかたい 真っ赤なスーツ」で始まる『がんばれ!マリンキッドゴー!』などを作った人である。

『好きになった人』は、シンプルで軽快だが、繰り返しを効果的に使って、いつまでも心に残る素晴らしい歌詞であると思う。

さて都はるみだが、昨年で休んでいる期間も含めて芸能生活55年を迎えているが、4、5年前から公の場に顔を出していないようだ。本当に歌いたい歌が出てこないとのことだが、そういう曲の出現があれば、再びの復帰劇はあるのだろうか。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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