第390回:流行り歌に寄せて No.190 「夕月」~昭和43年(1968年)
エピソードの多い曲である。
まず、黛ジュンの曲の中で最も売れた曲であるということ。レコード大賞を受賞した前作の『天使の誘惑』を上回る66万3,000枚というセールスを記録している。
そして、実兄の三木たかしが作・編曲した曲を、初めてA面でレコーディングしたということ。前出の『天使の誘惑』のB面だった『ブラック・ルーム』も三木の作品であり、兄妹での最初の曲だった。但し、その時の彼のペンネームは「渡辺たかし」。因みに、この兄妹の本名は「渡邊匡(ただし)」「渡邊順子」である。
二人の実家はたいへん貧しく、借金取りが訪ねてくると、二人は押入に隠れて、紙に書いた鍵盤を押しながら遊び、その場を凌いでいたそうである。
その後、黛は何曲か三木からの提供を受けるが、この二人の兄妹愛は、歌謡界では広く知られている事実である。11年前に三木が亡くなった時の黛の悲痛な表情を、今でも忘れることができない。
そしてもう一つ。この曲の発売の翌年、主題歌として作られた同名の松竹映画『夕月』で黛ジュンの相手役として、オーデションで6,300人(先ほどの数字に似ている)の中から選ばれたのが、鈴木栄治という19歳の青年だった。
彼は、黛ジュン演ずる看護婦の阿部潤子の恋人役のボクサー森田健作役としてデビューし、その後役名をそのまま芸名にして青春ドラマなどで大活躍をする。そして、政治の世界に入り、衆参両院議員を経験した後、11年前から千葉県知事に就任している。
断言はできないが、この「夕月」という曲が生まれなければ、森田健作が知事になることはあり得なかったことだろう。
「夕月」 なかにし礼:作詞 三木たかし:作・編曲 黛ジュン:歌
おしえてほしいの 涙のわけを
見るもののすべてが 悲しく見えるの
夕月うたう 恋の終わりを
今でもあなたを 愛しているのに
おしえてほしいの 私の罪を
許されるものなら あやまりたいの
夕月さえて 心はいたむ
あまりにいちずに 愛しすぎたのね
おしえてほしいの 忘れるすべを
つきまとう幻影(まぼろし) あなたの面影
夕月だけに 愁いを語る
涙をあなたに ふいてもらいたい
最初は歌手を目指し、船村徹に弟子入りしていた三木が、師匠の船村から「君は作曲家向きである」とアドバイスされ、作曲の道に入ったことは有名だが、歌謡界にとっては後々それが大きな財産を生むことになる。
なかにし礼をはじめ、盟友・荒木とよひさ、阿久悠ほか、多くの作詞家と組んで作り上げたヒット曲は、実に夥しい数に上る。
演歌やムード歌謡も多く手掛けているが、初期の頃は圧倒的にポップス調の曲を得意としていた中で、琴、尺八の音をイントロから取り入れたこの曲は、ある意味冒険的なものだった気がする。
けれども、妹の歌唱力を信じ、しみじみ聴かせる曲を作り上げた。中村晃子とともに「一人GS」の代表格として歌っていた黛にとっても、新しい境地を開いた曲になった。
私も、当時この曲を聴いた時、「黛ジュンという人は、本当に歌の上手い人だなあ」と感じたものである。うっすらと覚えているのが、私の妹の読んでいた漫画雑誌(別冊マーガレットだったか?)で、歌謡曲をテーマに漫画家が作品を作るシリーズがあって、この『夕月』も題材に取り上げられていた。
内容はほとんど失念しているが、しっとりとした画風だけはなぜか瞼の裏に残っていて、この曲を聴くたびに、秘かに思い出されるのである。
-…つづく
第391回:流行り歌に寄せて No.191 「愛の奇跡」~昭和43年(1968年)
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