のらり 大好評連載中   
 

■ドレの『狂乱のオルランド』~物語の宝庫、あらゆる騎士物語の源

更新日2024/10/31 




ドレの『狂乱のオルランド』 


サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ


谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵

 

第 10 歌  ルッジェロの大冒険


第 6 話:絶体絶命のアンジェリーカ


さて前回は、ルッジェロが岩に荒波が打ち寄せる岩に、生まれたままの姿で鎖に繋がれているアンジェリーカを派遣したところまでお話しいたしました。

ルッジェロがイポグリフォを操って降下してよく見れば、全裸の体に波しぶきを浴びて泣き叫ぶアンジェリーカの足元には、巨大な蛇とも龍ともつかぬ異様な怪物。波の中から身を踊らせて、今にもアンジェリーカを飲み込もうとしている様子。


10-6-01


どうしてアンジェリーカがこんなところでこんな目に、彼女に首ったけのオルランドやリナルドは一体全体何をしているのか、とルッジェロは思ったが、ここまで私の話を聞いてくださった皆さんならご存知の通り、第8歌でお話しいたしましたように、この島では、海の神ネプチューンの息子の怪物の姿をしたプロテウスが島の王の娘に一目惚れをして無理やり情をかわし、そのことを憤慨した王が姫である娘の命を絶って海に捨てたことを恨んで島の人々を脅し続けたのだった。

島人は仕方なく、海に生きるすべての生きものを統べる怪物プロテウスの怒りを鎮めるため、父親に命を奪われた亡き姫よりも好ましいとプロテウスが感じる乙女を捧げるべく、次からつぎに美しい乙女の裸身を海に晒してプロテウスに見せてきたが、どの乙女もプロテウスの眼鏡にはかなわず、これまでことごとく怪物の餌食になってしまったのだった。

そんなわけで島から乙女たちがいなくなってしまったため、島人たちはとうとう近くの島へと出かけて、美しい乙女を手当たり次第に奪い去ってプロテウスに捧げるようになっていた。

アンジェリーカはあろうことか、そんな島の人さらいにさらわれて美しい裸身をこうして晒す羽目になっていたのだった。もしルッジェロが発見しなければ、アンジェリーカは間違いなく怪物の餌食となって、この物語も先に進めようがない。


10-6-02


そうなれば、せっかく話の進展を心待ちにしていた皆さんも拍子抜けされるであろうし、勢い込んで話し始めた私の立場も面目もない。そんなわけで、もちろんルッジェロはアンジェリーカが食べられてしまう寸前に、槍を構え、大きく開けた怪物の喉をめがけて天馬とともに猛スピードで突進した。

ところが怪物はビクともしない。今度は背中を突いたが、怪物の体は背中も腹も体全体が鋼のような鱗で覆われていて、槍で突いても剣を渾身の力で振り下ろしても全く刃が立たない。

せっかくの美味を堪能するのを邪魔されて、ますます荒れ狂う怪物を相手にルッジェロは、飛び上がっては急降下で襲いかかり、それを何度も繰り返したが一向に埒《らち》があかない。そこで再び思いついたのが、あらゆるものの目を射る例の魔法の盾。

ルッジェロは素早く、繋がれたアンジェリーカの指に魔力を避ける指輪をはめ、そして盾の覆いを取り払って怪物に向けた。もちろん効果はてきめん、視力を奪われた怪物は、痛手を癒すため海の底深くへと潜っていった。


10-6-03


そうして海は静かになり、先ほどまでのことが嘘のように優しく溢れる光の中で見たアンジェリーカの裸身のその美しさ。それこそ女神、美の化身。さすがのルッジェロの胸も高まり、男ならではの欲望が湧き上がってくるのを覚えたが、裸身を見つめられてアンジェリーカは羞恥のあまり身をくねらせて視線を避ける。その姿がさらにルッジェロの思いを掻き立てたした。嗚呼《ああ》、男の欲望のなんと見境のないことよ……

さてこの続きは第11歌にて。

-…つづく

 

 

 backバックナンバー

このコラムの感想を書く

 

 

modoru


谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
著者にメールを送る

本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

アローAmazon 谷口江里也 著作リスト

アロー未知谷 刊行物の検索 谷口江里也
アローElia's Web Site [E.C.S]


■連載完了コラム

ジャック・カロを知っていますか?
~バロックの時代に銅版画のあらゆる可能性を展開したジャック・カロとその作品をめぐる随想
[全30回]*出版済み

明日の大人ちのためのお話[全12回]

鏡花水月 ~ 私の心をつくっていることなど (→改題『メモリア少年時代』[全9回+緊急特番3回] *出版済み

ギュスターヴ・ドレとの対話 ~谷口 江里也[全17回]*出版済み

『ひとつひとつの確かさ』~表現哲学詩人 谷口江里也の映像詩(→改題『いまここで  Here and Now』) [全48回] *出版済み

現代語訳『枕草子』 ~清少納言の『枕草子』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳 [全17回]

現代語訳『方丈記』~鴨長明の『方丈記』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語訳に翻訳 [全18回]

現代語訳『風姿花伝』~世阿弥の『風姿花伝』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳 [全63回]


岩の記憶、風の夢~my United Stars of Atlantis [全57回]
*出版済み

もう一つの世界との対話~谷口江里也と海藤春樹のイメージトリップ [全24回]
*出版済み

鏡の向こうのつづれ織り~谷口江里也のとっておきのクリエイティヴ時空 [全24回]
*出版済み

随想『奥の細道』という試み ~谷口江里也が芭蕉を表現哲学詩人の心で読み解くクリエイティヴ・トリップ [全48回]
*出版済み

バックナンバー
第1歌  初めて歌われるオルランドの物語
 
第1話:アンジェリーカの逃亡
 第2話:騎士アルガリアの亡霊
 第3話:アンジェリーカとリナルド
第2歌  騎士たちの大冒険
 第1話:リナルドの大冒険
 
第2話:乙女騎士ブラダマンテ
 
第3話:天馬を操る騎士
第3歌 乙女騎士ブラダマンテの運命
 第1話:不思議な洞窟
 
第2話:魔法の知恵の書に記された運命
第4歌 魔法の指輪
 
第1話:天馬の騎士の正体
 
第2話:魔城の秘密
 
第3話:嵐に会ったルッジェロのその後
 第4話:ギネヴィア姫の危機
第5歌 邪悪な公爵
 第1話:悲鳴の主

 第2話:陰謀の顛末
第6歌 不思議な冒険
 第1話:謎の騎士の正体
 
第2話:不思議な島
 第3話:この世の天国
第7歌 邪悪な魔女アルチーナ
 第1話:妖艶な美女
 第2話:魔術にかかったルッジェロ
 第3話:正気に戻るルッジェロ
第8歌 騎士たちとアンジェリーナのその後 
 第1話:正気に戻ったルッジェロ
 
第2話:その後のリナルドとアンジェリーカ
 第3話:老呪術師の淫らな欲望
 第4話:不思議な島の話
第9歌 旅に出たオルランドの冒険
 第1話:アンジェリーカの夢を見て城を出たオルランド
 
第2話:オリンピア姫の苦難
 第3話:残虐王チモスコに決闘を挑むオルランド
 第4話:比類なき勇者オルランドの活躍
第10歌 ルッジェロの大冒険
 第1話: ピレーノの裏切り
 
第2話:絶海の孤島に取り残されたオリンピア
 
第3話:小舟に乗った翁
 
第4話:ロジスティーラの城
 
第5話:自らの使命を思い出したルッジェロ
 

■更新予定日:隔週木曜日