サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 10 歌 ルッジェロの大冒険
第 6 話:絶体絶命のアンジェリーカ
さて前回は、ルッジェロが岩に荒波が打ち寄せる岩に、生まれたままの姿で鎖に繋がれているアンジェリーカを派遣したところまでお話しいたしました。
ルッジェロがイポグリフォを操って降下してよく見れば、全裸の体に波しぶきを浴びて泣き叫ぶアンジェリーカの足元には、巨大な蛇とも龍ともつかぬ異様な怪物。波の中から身を踊らせて、今にもアンジェリーカを飲み込もうとしている様子。
どうしてアンジェリーカがこんなところでこんな目に、彼女に首ったけのオルランドやリナルドは一体全体何をしているのか、とルッジェロは思ったが、ここまで私の話を聞いてくださった皆さんならご存知の通り、第8歌でお話しいたしましたように、この島では、海の神ネプチューンの息子の怪物の姿をしたプロテウスが島の王の娘に一目惚れをして無理やり情をかわし、そのことを憤慨した王が姫である娘の命を絶って海に捨てたことを恨んで島の人々を脅し続けたのだった。
島人は仕方なく、海に生きるすべての生きものを統べる怪物プロテウスの怒りを鎮めるため、父親に命を奪われた亡き姫よりも好ましいとプロテウスが感じる乙女を捧げるべく、次からつぎに美しい乙女の裸身を海に晒してプロテウスに見せてきたが、どの乙女もプロテウスの眼鏡にはかなわず、これまでことごとく怪物の餌食になってしまったのだった。
そんなわけで島から乙女たちがいなくなってしまったため、島人たちはとうとう近くの島へと出かけて、美しい乙女を手当たり次第に奪い去ってプロテウスに捧げるようになっていた。
アンジェリーカはあろうことか、そんな島の人さらいにさらわれて美しい裸身をこうして晒す羽目になっていたのだった。もしルッジェロが発見しなければ、アンジェリーカは間違いなく怪物の餌食となって、この物語も先に進めようがない。
そうなれば、せっかく話の進展を心待ちにしていた皆さんも拍子抜けされるであろうし、勢い込んで話し始めた私の立場も面目もない。そんなわけで、もちろんルッジェロはアンジェリーカが食べられてしまう寸前に、槍を構え、大きく開けた怪物の喉をめがけて天馬とともに猛スピードで突進した。
ところが怪物はビクともしない。今度は背中を突いたが、怪物の体は背中も腹も体全体が鋼のような鱗で覆われていて、槍で突いても剣を渾身の力で振り下ろしても全く刃が立たない。
せっかくの美味を堪能するのを邪魔されて、ますます荒れ狂う怪物を相手にルッジェロは、飛び上がっては急降下で襲いかかり、それを何度も繰り返したが一向に埒《らち》があかない。そこで再び思いついたのが、あらゆるものの目を射る例の魔法の盾。
ルッジェロは素早く、繋がれたアンジェリーカの指に魔力を避ける指輪をはめ、そして盾の覆いを取り払って怪物に向けた。もちろん効果はてきめん、視力を奪われた怪物は、痛手を癒すため海の底深くへと潜っていった。
そうして海は静かになり、先ほどまでのことが嘘のように優しく溢れる光の中で見たアンジェリーカの裸身のその美しさ。それこそ女神、美の化身。さすがのルッジェロの胸も高まり、男ならではの欲望が湧き上がってくるのを覚えたが、裸身を見つめられてアンジェリーカは羞恥のあまり身をくねらせて視線を避ける。その姿がさらにルッジェロの思いを掻き立てたした。嗚呼《ああ》、男の欲望のなんと見境のないことよ……
さてこの続きは第11歌にて。
-…つづく