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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第734回:巨大産業 痩せ屋 その1

更新日2021/11/25


昔からガンの特効薬と確実に効く毛生え薬、それにこれさえ呑めば絶対に痩せるクスリを発見したら、一夜で大金持ちになれると言われています。そんな特効薬、塗り薬などあり得ないし、今後も出てこないでしょうけど…。

毛生え薬や痩せる方法、ダイエットの宣伝では、使用前、使用後の写真が、“エッ! こんなに効くの?”と驚くほどの違いで載っています。テレビのコマーシャルでも、見事に禿げた若者が、別人になったかのようにフサフサの髪の持ち主に変身していたり、普通の家のドアを通り抜けられそうもない超大デブが、バービー人形のように痩せたりしています。

本気ではないでしょうけど、ウチの禿げダンナさん、「オイ、あれ凄いぞ。オレも試してみようかな…」とか呟いています。一度枯れ切った木に花が咲くわけないでしょうに…。

あれは、花咲か爺さんのお伽噺の中だけのことですよ。それに 元々ズボラ、無頓着を絵に描いたように、身の回り、服装や頭髪を構わない、気にしない、気にならないタイプです
から、70余年、放っておいた彼の禿げ頭に若草が生えることなどあり得ないことなのですが…。

アメリカのデブ問題は深刻です。皆さん痩せよう、体重を減らそうと試みますが、どうにも成功率の低いチャレンジに終わっています。現在、アメリカでたくさんの人が病的デブのカテゴリーに入り、肥満が誘引となる心臓病、糖尿病、高血圧、鬱病、呼吸器系の病気、歩行困難、膝関節の炎症、そしてガンに罹りやすい体質に陥っています。体重を落とすことは、美容のためだけではなく、健康、そして死につながる由々しき問題になってきているのです。

そこに目をつけた“痩せるための産業”は、2017年のデータですが、66.3ビリヨンドル(663億ドル、7兆300億円相当)の巨大産業に膨れ上がっています。しかも皆さん、何度もチャレンジし、失敗しますから、いつまでたっても先細りのしない産業なのです。これは、このまま放っておくとアメリカの国全体に重大な影を落としかねない、それでなくてもデブに関係した病気で膨大な医療予算を食いつぶしているから、それを防ぐためにも現状を把握し、対策を講じなければならない…と、政府機関、NIH(National Institutes of Health;国立健康機構)が931ミリヨンドル(1,024億円相当)の予算を組み、デブ調査をしました。

それによると、アメリカ人の71%がオーバーウェイトで、その中の40%は即座に医療対策を施す必要のあるウルトラデブだとあります。

また、“痩せ産業”についても触れていて、数多くあるダイエットプログラム、人気のあるTVドクターたちの助言に従い、短期間に過激に痩せた人の66%は、その後、元の体重に戻るか、それ以上デブってしまう…という泣けてくる結果を報告しています。

使用前、使用後の写真に登場する方々、テレビの“The Biggest Loser”(大負けする者と訳せますが、loseは 体重減量の意味に使われます)に登場し、500ポンド(227Kgですよ!)の女性が278ポンド(122Kg)になり、うれし泣きしたりする番組ですが、NIHによると、そんな過激な減量はとても危険なことなんだそうです。何年もかけて培って、ジワリジワリと蓄えてきた脂肉を急激に減らそうたって、それに身体がついていかないと言うのです。

アメリカの“痩せ産業”、健康に痩せるための食事“は古くは1830年代に始まっています。テレビのないそんな時代にすでに健康オタクがいたのです。言い出しっぺのプレスベテリアン(長老教会)の牧師さん、シルヴェスター・グラハムさんは菜食主義を唱えています。そして、理想的には722回口の中で噛むのが良いとしています。一口ごとにそんなに噛んでいたら、確かに顎は強くなるでしょうね。

同時代のヨーロッパでダイエットとジェーン・ホンダ並みの体操をして、身体の線を保とうとしていた先達がいます。オーストリアの皇帝フランツ・ヨーゼフの奥さん、皇紀と呼ばなければならないのでしょうね。エリザベート、愛称シシーです。

彼女は宮殿の中にエクササイズルーム、小さなジムまでしつらえ、中年太りを押さえ込み、すらりとした体系を維持しようとしていました。なるほど、肖像画にある彼女は結婚前から61歳でアナーキストのルケーニに刺し殺されるまで、美しい容姿を維持しています。

話をアメリカに戻します。1930年にグレープフルーツダイエットというのが流行りました。三度の食事にグレープフルーツを半分食べるというもので、グレープフルーツに脂肪を燃やす酵素がある…ところから来ています。しかし、これは大流行した割に効果がありませんでした。と言うのは、アメリカ人は半切りにしたグレープフルーツにガッバとお砂糖をかけてスプーンで食べる習慣が根強く、砂糖抜きのグレープフルーツなど考えられないからです。どうも、このグレープフルーツダイエットは、フロリダの柑橘農家、販売業者の陰謀の匂いがします。

1950年にキャベツのスープダイエットが流行っています。なるほど、キャベツスープはロシアの刑務所の常食でしたから、絶対に太らない、太らせない保障付きのスープです。もし、このダイエットを2、3年続けたら、シベリアの囚人のように確実に痩せ細るか餓死することでしょう。これはソヴィエト=ロシアの陰謀ではなさそうですが…。

その後、雨後の竹の子のごとく、様々なダイエットが流行り、消えていきました。地中海ダイエット、白い物を食べないダイエット、グルティンフリーダイエット、サウスビーチダイエットなどなど、テレビの話題になり、いつの間にか誰も関心を示さなくなりました。 

ダイエット=“痩せる方法”を初めて企業化したのは、”Weight Watcher”(体重の見張り役?)でしょう。ニューヨークの主婦、ジェーン・ナイディチ(Jaen Nidetch)さんが近所の主婦を集めてお互いに励まし合いながら減量しましょうと始め、週1回の集まりでそれぞれの体重を量り、何をどのくらい食べて、どれだけ運動したか…と意見を交換し、それを詳しくノートに取っていました。

彼女自身、1年間で72ポンド(32Kg)の減量に成功し、自分たちの減量法をオーバーウェイトで悩んでいる人にも知らせよう、分け与えようと1968年に企業化したところ、文字通り一夜明けたら億万長者になっていたと言われるほどの大成功を収めたのです。

彼女は詳しい記録を取っていたし、栄養学も同時進行で学び、システム化した減量食材を個々に合わせたプログラムに作り上げたのです。今でも痩せ産業のトップを行く360万人の会員、収益は12億ドル(1,300億円相当かしら/2016年調べ)の大企業に発展したのです。

減量産業は、太る一方なのです。

-…つづく 

 

 

第735回:巨大産業 痩せ屋 その2

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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