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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第81回:ピーターとティンカのこと その3

更新日2019/08/22

 

冬、シーズンオフになると、『カサ・デ・バンブー』を閉め、旅行の基点になるロンドンへ毎年のように行ったものだった。ロンドンで呆れるくらい安く航空券を、主に旧植民地のインド、南アフリカ、オーストラリアなどの便を買うことができるからだ。ロンドンへはマドリッド、バルセロナから冬でも格安のチャーター便が飛んでいた。

ロンドン行きの飛行機に搭乗して、随分女性が多く、しかも比較的若いセニョリータの多いツアーだな…とは感じていた。隣に座った相当疲れた様子のセニョリータと話し、この航空便がロンドン堕胎ツアー便であることを知った。と同時に、スペイン人が物事をハッキリ言う態度に呆れ、感心したことだ。普通なら、「私、ロンドンに堕胎に行くところよ」とは、偶然飛行機で隣り合わせた外国人に言わないのではないか…。

そんな格安便が週に3、4便はマドリッド、バルセロナから出ていた。当時のスペインでは、堕胎はカトリックの締め付けが厳しく、違法だったので、それなら医療のしっかりしているイギリスで…と抜け目のない業者が、ロンドンの医院と話をつけ、飛行機、ホテル、医療費すべて込みのパッケージツアーを組み、“すべてお任せ! 気楽にロンドンで降ろそうツアー”なるものがたくさんあったのだ。それがスペインの社会現象となり、問題にもなり、マスコミで取り上げられたものだった。『ロンドンで堕胎を…』というタイトルの劇映画まで作られ、女性だけでロンドンに行くのが流行になったほどだった。

London_picadery
ピカデリーサーカス、ロンドン(本文と無関係)

そんな、チャーター便の空席を激安で購入し、ロンドンに入り、そこで格安のアフリカ、南米、北米、中東への航空券をインド人、パキスタン人がやっている旅行代理店とはとても呼べない“切符屋”で買うのが常だった。ロンドンに4、5日滞在するのも楽しみだった。

私が「シーズンオフに必ずといってよいほど幾日かロンドンで過ごすんだ」と、ピーターとティンカに言った時、彼らは「是非連絡してくれ、ミュージカルの切符でも手に入れておくから…」と熱心に反応したのだった。

ロンドンでピーターとティンカに会う前まで、ティンカもBBCで働いていることは知っていたが、秘書のような仕事かな…と勝手に思い込んでいた。ピーターが名のあるキャスターで彼の下で働くティンカと職場恋愛だと思っていたのだ。女性に対する偏見だと認めないわけにはいかない。

London_B&B
典型的なロンドンの安宿B&B(本文とは無関係)

電話をすると、小柄なティンカがビジネススーツに身を包んで、私が投宿している安ベッド アンド・ブレックファースト(B&B)に車を乗り付けたのだった。車種はオースティンの最新型ミニで小柄なティンカにピッタリ似合っていた。イビサでのラフな服装のティンカしか知らない私は、紺色の上下、ジャケットにタイトスカートのティンカを見て、アレッ、イメージが全く違うではないか、こんなティンカもいたのか、なんと鮮やかに変身したものだと唖然とした。ピーターはテニスクラブでコーチの予定が詰まっているから、後で合流ので、それまで私の職場を見せてあげる…と言うのだ。

その時、ティンカが大きなトパーズのネックレスをしていて、その石がネパール産のスモークド・トパーズであることを、宝石なんぞ全く興味のない私は偶然から知っていた。その1、2年前にネパールを訪れ、一緒になったインド、ネパール界隈に宝石類を買い付けに来ていた個人規模の業者と知り合い、一緒に宝石の卸屋を回った時に仕入れた知識をティンカに披露したのだった。「これをネパール産のスモークド・トパーズだと見抜いたのはあなだだけよ…」とティンカは異常なほど喜んだ。

BBCに着いてまた驚かされたのは、ティンカがラジオ部門のチーフ・ディレクターであり、ここ数年、インド、ネパール、ビルマ(ミャンマー)、マレーシアなど、極東地域のボス的な地位にあることを知ったのだ。BBC内の地位について言えばピーターより遥か上にティンカはいたのだった。道理でそれらの国々の事情に詳しく、何度も足を運んでいるわけだ。

そして、その大きなスモークド・トパーズは、ネパール国王からのプレゼントだと知った。自分のことを謙遜からか話題にもしないイギリス人の慎み深さを知らされたのだった。全くイギリス人は油断がならない…との感を強く持った。

その数年前、スコットランドから湖水地方、ウェールズを回りロンドンまで徒歩旅行した時、途中で出会った老人から、「私の小屋で休んでいかないか?」と誘われたことがある。そのロッジ、小屋というのが、映画で観るような、何でも寝室が15室だか、16室あるという瀟洒な大邸宅で、ド肝を抜かれた。小屋などと呼ぶな、初めから城とても言ってくれ、謙遜にも程度があると思ったことだ。

イビサでのティンカしか知らない私は、ロンドンで彼女が豹変したかのように映ったのだ。前もってティンカがそれほどの地位にあり、現役バリバリの職についていると知っていたら、彼女に電話していなかったと思う。

昼食はBBC局内にある管理職だけのラウンジ、エリートクラブのようなところでご馳走になった。局内を案内してくれた上、ちょうど日本向けの放送が始まる時間だからと、スタジオでの放送に立ち合わせてくれたりした。ティンカが忙しいのは目に見えていたから、夕方、ピーターと会うまでBBCを出て、一人で街を歩くことにし、ティンカに局の玄関まで見送られたのだった。

夕方、早めにティンカが迎えに来て、ピーターがコーチをしているテニスクラブに行った。目に染みる緑とはあのことを言うのだろうか、10面はあろうかという見事な芝のコートがあった。木造のクラブハウスは相当古いものだったが、真っ白く塗られ白鳥が羽根を広げたように優雅な佇まいを見せていた。

そこでピーターと合流し、彼らの家に向かった。今思えば、ロンドン市内であのような独立した2階建ての一軒家を持つこと自体、相当な資産になるのだろう。彼らの家で、ピーターもニュースリーダー(ニュース読み)だけではなく、ニュースキャスター、インタヴュアーであることを、壁に掛けられた数多くの写真や新聞の切抜きで知ったのだった。

ティンカは、「こんな仕事着は着替えてくるはね…」と、イビサでイヴォンヌがやっているレストラン『サン・テルモ』の名前が大きくプリントされたピンクの上下ジャージー(スエット)を着、テニスシューズ姿で、「これで、イビサファッションの決まり。サアー、どこに行きましょうか?」と言うのだった。私の全天候型の旅行着を気遣ってのことだった。ピーターもテニス着の上にジャケットを羽織っただけのラフな服装だった。

nepalese
ネパール料理(本文とは無関係)

彼らはロンドンで一番というネパーリーレストランに連れて行ってくれた。もちろん、彼らはVIP扱いの常連だった。

11月の寒空の下で、ピーターとティンカは最善のやり方で私をもてなしてくれたのだった。それにもかかわらず、私はイビサでのピーターとティンカだけで、ロンドンでの彼らを訪れるべきでなかったという感慨を捨て切れなかった。ネパーリーレストランを出て夜の街に足を踏み出した時、すでにイビサに戻りたがっている自分を見つけ狼狽した。

彼らにしても、イビサで『カサ・デ・バンブー』という小さなカフェーをやっているだけの私の存在価値は、イビサにいてこそのものだということを感じ取っていたと思う。

「来年のイースターにまたイビサでね…」と言い合い別れたのだった。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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