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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第139回:ハイアットさん家族 その2

更新日2020/10/15

 

ハイアットさんが相当な企業家であることが、次第に分かってきた。とてもユニークなのは自分を含めて、奥さん、息子、そして娘3人に独立した仕事をやらせていることだった。イギリスに本社のある旅行代理店は彼自身が司り、イビサの支店(スペインの法律に則った会社)は奥さんが支社長で、エージェント、事務員を6、7人使ってやっていた。

息子のマイケルは、サンタ・エウラリアに幾つかある豪華ホテルのマネージメント、長女ボニーと彼女の旦那さんは不動産業、次女アドリアナは休暇村コンパウンド、木立に囲まれたところに、距離を置いて設置された30台ほど置かれたキャンピングカーの管理と、そこに滞在する避暑客のアテンド、末の娘マンディーは、その時まだ10代だと思うが、海を見晴らすカフェ、バーを取り仕切っていた。

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エス・カナの“ヒッピー・マーケット”(1985年頃)

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最近の“ヒッピー・マーケット”は定番の観光イベントになっている

イビサの夜は、旧市街の通りに並ぶテキヤで賑わう。デンボッサ海岸やフィゲレータス地区にあるホテル群から、夕涼みがてら、イビサファッションに身を固めた避暑客がドッと押し寄せ、狭いカジェ・マジョール、カジェ・デラ・ヴィルヘンなどの通りは、身動きができないほどに込み合う。そのテキヤ街を週一度、水曜日の昼、サンタ・エウラリアに隣接したエス・カナ(Es Caná)に持ってきたのも、ハイアットさんだった。相当な政治力、交渉能力があったのだろう。

当初、昼の暑い盛り、炎天下にわざわざイビサから15キロも離れたエス・カナまで人が行くものかと疑問視されたものだ。だが、それが大当たりを取ったのだ。今では、エス・カナの“ヒッピー・マーケット”はイビサ観光の呼び物になっている。これはテキヤ連中にとっても、美味しい話で、普段は夜店のように、夕方の6、7時頃からイビサの旧市街にテーブルを並べる夜だけの仕事が、水曜日には、昼はエス・カナ、夜はイビサでショーバイができるのだ。中には、週1回のエス・カナの“ヒッピー・マーケット”だけで充分だと、ズボラを決め込むテキヤもおり、それで通年暮らせるほどの売り上げがあると法螺を吹くのだった。


ハイアットさん家族は、これが皆兄弟、姉妹かと思えるほど、それぞれ違った容貌を持っていた。息子のマイケルだけは母親に良く似ていた。長女ボニーは黒い髪、輪郭のはっきりした長い眉毛、漆黒の丸い大きな目、長身痩せ型で、おそらく30代前半だったと思う。家族や友人、大勢で店にやってきた時にお互い話に夢中になり、私がなかなかオーダーを取れない時に、率先して注文をまとめてくれたりするのはいつもボニーだった。

彼女は静かで、優しさが表情にあふれ出ているスペイン人と結婚しており、娘が一人いた。娘、エリサは10歳前後だったと思うが、「ジョ、ジョ(Yo;私、私)」と、大人の会話に割り込んでくるスペインのガキばかりを見ていた目には、そんなことは一切しない、とてつもなく躾けの良い娘で、両親両方の良いとこ取りをし、すでに近い将来大変な美形になることが約束されている容貌を持っていた。

母親譲りの漆黒の目は、好奇心に溢れ、ジーッと、まるで何事にも集中し、見逃さないわよ、とばかり見つめるのだった。エリサは大人の中でさすがに退屈するのだろうか、『カサ・デ・バンブー』の台所の入口に来て、調理場での仕事ぶりを見つめるのだった。それも、アントニアや私の邪魔にならないように、隅の方に身を置き、漆黒の目は私の手先、包丁使いやアントニアや洗い場のカルメンおばさんの動きまで、まるで魔法を目にした子供のように、心が奪われているのだった。きっと、後で家に帰ってから、台所の様子を詳しくボニーや父親に詳細に報告するのだろう。

当然のことだが、ハイアットさん一家は皆、スペイン語をこなしたが、イギリス風の発音が随所に残っていた。エリザベスだけは地元の学校に通っているのだろうか、全く訛りのない自然なスペイン語を話した。

次女のアドリアナは20代の半ばだったと想像するが、少し顎の尖ったうりざね顔で、アーモンド型の灰色の目、優しく開いた眉、絹のような肌の持ち主だった。豊満に近い体形で、人によっては近い将来、太り出すと見るだろうが、その時はまだ若さの真っ最中だったからだろうか、光り輝くような美しさだった。

三女のマンディーは固太りの身体に丸い顔を乗せ、ショートカットの金髪、少しくすんだ青い目、身体全体からエネルギーが溢れていた。舌足らずの口調でよくしゃべった。マンディーは、ボニーやアドリアナに比べると、とても美人とは呼べないが、彼女には体内から発散する魅力があり、実際、ボーイフレンドをとっかえひっかえの態で『カサ・デ・バンブー』に連れてきた。中には、こんなオッサン風のギンギラアンちゃんを恋人にするのかよ、と思わずにいられない男もいた。若い女性は男を全く観る目がないな、と他人事ながら、呆れる思いだった。

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公認ヌーディストビーチで有名になったサリーナス

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サリーナス(Salinas)は塩田の意で近くに広大な塩田が広がっている

私は、一人でサリーナスへ行ったことはないから、スペイン本土に住む日本の友人たちを案内した時のことだろう。夏が過ぎ、秋口に入り、日照りこそ強いが、心地よい風が吹き抜ける季節になった頃だった。その時には、サリーナスはすでに公認か非公認のヌーディスト・ビーチになっていた。私は友人たちに裸オンパレードを見せてド肝を抜いてやれとばかり、観光案内の一環として、サリーナスに連れて行くのを習慣にしていた。彼らは一様に目を皿のようにして、ジックリ眺め、中には大型のカメラに望遠レンズをつけ、シャッターを押すヤツもいた。こちらの方がオイオイ、いい加減しろよ、と言わなければならないほど写真を取りまくるのだった。

そんな時だったと思う、向こうから、ハーイと手を振りながら、私の名を呼ぶグラマーが私の方へやって来たのだ。アドリアナだった。小さめの顔、眉毛がかすかにしっぺ下がりの泣き顔の童顔とはアンバランスと言ってよい程、成熟した豊かな真っ白な肢体だった。私はアドリアナが家族と一緒に『カサ・デ・バンブー』に来た時しか知らない。もちろん服を着ての彼女しか知らない。西欧人のほっそりと小さな顔にいつも騙されるのだが、彼女たちは裸になると、胸も腰もバーンと張った身体つきなのだ。彼女は自分が裸でいることなどまるで自覚しておらず、大きなオッパイをツンと突き出した自然態で話しかけてきたのだ。

「お友達を連れてきたの? 私もそうよ…」と言いながら、ほつれてきた髪を上にまとめ上げるため両腕を上げた時、胸もそれにつれ持ち上がり、本人は全く意識していないにしろ、いかにもポーズをとっているかのように見えた。それはショッキングであり、圧倒的な美しさだった。アドリアナに微笑みの表情を向けられると、自分だけ特別に思われているという錯覚に陥いらせるタグイの笑顔を彼女は持っていた。彼女の笑みが全人類に向けられたものであったとしても、群衆の中の個人、一人ひとりは、自分に向かって特別に微笑んでいると思わせるのだ。 

私の友人たちは、呆けたようにその情景を見ていた。アドリアナは長話をせずに、また『カサ・デ・バンブー』に行くわね、と彼女の友達がいるビーチの方に小走りに去っていった。私はすでにロス・モリーノスのビーチで、眼下に裸を見慣れていると思っていたのだが、突如、アドリアナが裸で目の前に現れ、ドキマギしてどう対応したものか、言葉が出なかった。

「オマエ、やるではないか…」と友人たちから大いに冷やかされた。ヤルもなにもただの客なのだが…。アドリアナは、ただ、私を見かけたのでいつもの優しさから気軽に声をかけただけなのだろう。と、分かっていても、裸のアドリアナに話しかけられた私は、憧れの映画スターを目の当たりにした内気で気弱なファンの心境になったのだった。

-…つづく

 

 

第140回:ハイアットさん家族 その3

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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