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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第140回:ハイアットさん家族 その3

更新日2020/10/22

 

9月の終わり頃、そろそろ観光シーズンが終わり、店を閉めるタイミングを考え始めた頃だった。次女のアドリアナが、「私たちの仕事を見に来ない?」と誘いかけてくれた。私がハイアットさん家族のこと、サンタ・エウラリアのことをよく知るようになったのは、その時からだった。 

私の方としては、心悪からず…どころか、ただの憧れからかアドリアナが好きだったから、そんな誘いを受けると、まるで子犬のようにシッポを振ってサンタ・エウラリアへとベスパ(Vespa)を走らせたのだった。もしかすると、アドリアナも私に多少気があるのではないかと期待したことを白状しなければならない。

アドリアナとはサンタ・エウラリアの港とも呼べない船溜まりで落ち合った。その小さなマリーナを囲むように海に張り出した豪邸がハイアットさんの家だった。そのマリーナも彼が造ったものだった。

私は彼女が別荘と呼んでいる豪邸に唖然とし、アドリアナが、「こんな大きな家、お父さんは飛び回っていてあまり使わないし、お母さん一人でいることが多いのよ…」と桁の違ったことを当たり前のことのように言うのだった。小さなマリーナも、造った時に漁師との約束で、彼らに使用権、係留権を与えることになっていて、今では、ハイアットさんが自分の船を停泊させるのさえ難しいくらい人気になってしまった、と笑いながら愚痴るのだった。

私はだたアドリアナに付いて回るだけだった。次は母親の旅行代理店に案内された。町の目抜き通りにあり、もうオフ・シーズンに入るというのに、代理店の中は数人の客がおり、5、6人はいた事務員は対応に追われていた。母親はチョット大げさなくらい、「よくいらっしゃたわね~ 私は今手が離せないけど、その分アドリアナが接待してくれるわよ」と、カウンターの後ろの個室から出てきて、スペイン式に私の両方のホッペタにキスしたのだった。

Santa Eurlalia Hotel
サンタ・エウラリアのブティックホテル(参考イメージ)

そして長女のボニーと彼女の旦那さんがやっている不動産会社に立ち寄り、長男のマイケルが管理しているホテルに行った。それは、イビサ郊外のフィゲレータス、デンボッサやサンアントニオの湾に沿ってギッチリ詰めて建てられた高層ホテルとは全く趣を異にし、町外れの小高い丘の稜線に沿うようにして2階、3階建ての低い建物が階段状に畝っている閑静な造りだった。

ロビーはホテルの顔だ。足を踏み入れた時の第一印象が、ホテルの格を決定づけると言っていいくらいだ。そのホテルのロビーはヴァカンスの長期滞在者用で簡素だったが、静かな落ち着きがあり、室内用の草花をうるさくならない程度に隅々に配置し、ここならゆっくりと休暇を過ごせることを予想させた。

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大型キャンピングカー(参考イメージ)

それから、アドリアナ自身がマネージメントしているRVパーク、キャンプサイトに案内された。事務所も一つの大きなキャンピングカーを使っていた。イビサにもこんな深い森があったのかというほど、大きな木立の間に大型のキャンピングカーが相当な距離を置いて散らばっているのだった。キャンピングカーといっても、土台を固定し、上下水道、電気を配備した家のようなもので、外からキャンピングトレーラーを引いて来るところではなく、森の中にロッジを建てる代わりに、出来合いの大型キャンピングカーを使っているのだった。

それは、スペイン、イビサの建築法をクリアし、本格的な小屋を建てるのは気が遠くなるほど手間隙がかかるので、そんな法規を逃れるための方便で始めたということだった。全部で30数台だが、もっともっと詰め込めるけど、それじゃ森の中でも静かさを壊すことになるから、増やさないことにしているとアドリアナは言うのだった。

一体何人ここで働いているのだと訊いたところ、そうね、森の世話、清掃に3人、キャンピングカーの掃除に4人…と数え上げ、営繕修理係、事務員、小さな店と総勢ピークシーズンには12、13人になるかなと言うのだ。20歳を越したばかりの外国人の娘が、こんなに大勢の人を使うことができるものかと、自分がウェイターのアントニア、洗い場のカルメン叔母さんに出会うまで、散々苦労したことを思い浮かべずにはいられなかった。

アドリアナのキャンピングカー、ロッジはとても人気があり、もう来年の予約はほぼ埋まっていると、それにリピーターが多いしね…と、多少誇らしくもテレながら言うのだった。

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現在のサンタ・エウラリアの海岸通り

マンディーのレストランでお昼にしましょうという誘いにのって、エス・カナ方面にアドリアナの車で向かった。三女のマンディーのレストランは、『カサ・デ・バンブー』の5、6倍の広さがあり、さらにパゴダのように独立したバーをぐるりとカウンターが囲んでいた。どうやって取り寄せるのか、メニューはイギリス一辺倒で、スコットランドのサーモン、ニュージーランドのラム、おまけにイギリス人がそれなくしては夜が明けないフィッシュ・アンド・チップスまであり、カジュアルな雰囲気を作りあげていた。

マンディーはこんな接客業に向いた性格の持ち主なのだろう、半分ほど埋まっていたテーブルのアチコチからマンディー!と呼ぶ声がかかり、彼女も満遍なくテーブルの客に気軽に挨拶していた。 

私のようにカフェテリア、レストラン業に携わる者の悪い癖で、テーブル、椅子が何席、ウェイター、ウェイトレス、カウンターの中にバーテンダー、台所に何人と値踏みしてしまうのが習いになってしまうのだ。マンディーのレストランは客席数120程もあり、他にもバーにスツールとゆったりした籐の椅子に40~50人は入るだろうか、とても『カサ・デ・バンブー』とは比較にならない規模なのだ。これをあの舌足らずの話し方をする、末っ娘のマンディーが経営しているのだ。

私はアドリアナと向かい合って座った時、なんだか自分がとんでもない別世界に飛び込んでしまったような気がした。軽いショックを受けていたのだろう、何を食べたか、何を話したかまるで覚えていないのだ。ただ、私が旅行好きだと知り、アドリアナは私がまだ行ったことがない、ポリネシアの島々、アフリカ、南米の話をしたのをかすかに覚えている。ロンドンの家は、ここがオフ・シーズンになった冬に時々使うだけだから、いつでもいらっしゃいよ、と言ったのだけは覚えている。

勘定の段になって、私が払おうとするのを、アドリアナとマンディーがとんでもないと言う風に、これはお父さん、お母さんからの通達で、請求書は彼らに回すから、アナタはそんなこと心配する必要はないの!と言うのだ。

食後、アドリアナから、「私の家に寄っていかない?」と誘われ、私に異存があるはずもなく、それどころか、二人でシットリ、ゆっくり話せると期待したのだ。それまで、彼女と二人だけで過ごしたのはその時が初めてだったし、それも、彼女の家族がサンタ・エウラリアで展開している事業を見せられるままに付いて回っただけだったから、彼女の家に誘われて、胸をトキメカセない方がどうかしている…。

-…つづく

 

 

第141回:ハイアットさん家族 その4

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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