サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 10 歌 ルッジェロの大冒険
第 2 話: 絶海の孤島に取り残されたオリンピア
さて前回は、好青年と思いきや、実はとんでもない卑劣漢だったピレーノ。オリンピアと結婚して彼女を手に入れた途端、同じように見目麗しいオリンピアの妹に心を奪われ、想い余ってあろうことかオリンピアを、自らのよこしまな欲望の邪魔と見て、遠くの島まで新婚旅行になどと嘘をつき、オリンピアを船に乗せ、国を離れた絶海の孤島にまで連れて行ってしまったところまでお話しいたしました。
島に着くなりピレーノは、たった二人きりで愛の営みを、などと甘い声でオリンピアに囁いて抱きしめ、しばらくして船旅の疲れて眠りに落ち、幸せな夢に包まれて眠るオリンピアを、なんと島に置き去りにして、こっそり島を抜け出してしまったのだった。
夢から覚めてうつろなままに、愛する人の方へ伸ばしたオリンピアの手に触れたのは硬い岩肌。そこにはピレーノの姿はなく、立ち上がってあたりを見ても、人の気配はなく、夫の名前を呼ぶオリンピアの声が、虚しく吹きすぎる風の中に消えるばかり。叫んでも叫んでも返事はなく、思わず駆け出したオリンピアの柔らかな素足を、荒々しく冷たい岩肌が傷つける。
そこは、生える草木の一本すらない岩だらけの島。それでも必死で遠くを見渡せる高い場所まで這い上ったオリンピアが見たものは、水平線の遥か彼方をさらに遠ざかって消えようとする自分を乗せてきた船の姿。
張り裂けそうな胸のうちから、絞り出すようにして必死に夫の名前を呼んだけれど、そんな声が海の彼方にまで届くはずもない。やがてオリンピアの声は次第に泣き声に変わり、溢れる涙がオリンピアの胸を伝って落ちた。
愛する夫に捨てられたのだ。そう思うしかなかったけれど、でもそんなはずが、、、という想いがそれでもオリンピアの胸に満ち、そしてそんな想いを、さらに小さく遠ざかって行く船の姿が打ち砕き、絶望がオリンピアを包んだ。
涙を流して岩の上をおろおろ歩き、天を仰いで泣き叫び、そして再び海の彼方を見つめるけれど、そこにはもう何もない。声は枯れ、涙を流しきってしまったオリンピアの体からは、萎えきった細い草のように全ての力がすっかり失せて、オリンピアはとうとう、岩の上に崩れ落ちてしまったのだった。
ああ、もうこれ以上、哀れなオリンピアを語ることは、私にはもうできません。皆さまの気持ちもきっと同じでしょう。
そんなわけで、ここはしばらくのご容赦をいただいて、第8歌で、邪悪な魔女アルチーナの手を逃れて、清らかな乙女ロジスティーラの居城へと向かう途中で道に迷ってしまった我らの凛々しき騎士ルッジェロのその後のことを、第10歌 第3話でお話しすることにいたしましょう。
-…つづく