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第29回:ローマン・ノーズ登場 

更新日2023/08/10

 

開拓民だけでなく、騎兵隊に最も恐れられた男、ローマン・ノーズの伝説、伝記は実に多い。もちろん、すべて白人が書いたもので、ドッグ・ソルジャーのメンバーが彼の思い出を綴ったものはない。それにしても、すべて彼の死後、どこそこの襲撃は、彼がやったに違いないという推定の積み重ねでしかない。西部の大平原から白人どもを一掃しようとしていたとしか思えないローマン・ノーズの神出鬼没の戦いは、すべて白人サイドの記録に頼らざるを得ない。もちろん、彼の写真もそうであろうという状況証拠的なモノしかない。

No.29-01
ローマン・ノーズと思われている写真
彼は極端に白人を毛嫌いし、決して握手をしなかった
第一、白人とのミーティングに列席もしなかった

ローマン・ノーズは1823年頃、北シャイアン族に生まれた。シャイアン語で“Vohko’xenehe”、あるいは米語のスペルで“Woqini”もしくは“Woquini”と呼ばれていた。ここでは、便宜上ローマン・ノーズと書いているが、ローマン・ノーズと呼ばれたインディアンは他に少なくとも3人おり、ドッグ・ソルジャーの戦士の方を“フック・ノーズ”(カギっ鼻)と呼び慣わしている本も多い。いずれにせよ、白人襲撃を繰り返すようになってから、白人が畏怖を込めて付けたあだ名だ。

彼は子供の頃、“コウモリ男”と呼ばれ、部族の間でも目立った存在だった。いわば元祖“バットマン”だった。成長して180センチ以上の巨体になった。それは、当時の白人やインディアンの平均的身長をはるかに超える体躯だった。喧嘩早く、しかも巧妙に争った。部族の中で彼に敵うものはいないスーパーガキ大将だった。ガキ大将はそれなりの人格というのか、子分どもを引きつける幅のある性格を持つ。それがそのまま大人になり、彼のガキ仲間を引き連れ、シャイアン部族を飛び出し、ドッグ・ソルジャーに加わったのだ。おりしも、リーダー的存在だった“ヤマアラシ・クマ”は見境ない暴虐にテロ集団であるドッグ・ソルジャーからでさえも見放され、追放されたあとだった。 

ローマン・ノーズが率いるドッグ・ソルジャーは、インディアン同士、キオワ族、コマンチ族、アパッチ族との戦争から次第にターゲットを白人開拓民、騎兵隊に絞っていった。サンドクリーク事件の時、ローマン・ノーズのドッグ・ソルジャーは現場にいなかったにしろ、その後の彼らの白人へ憎しみを込めた復讐は激しさを増した。

ローマン・ノーズには、理想も思想もなかったと思う。ただ大平原に進出してきた白人どもをやつける、それはもう手当たり次第に襲い、奪うだけで、彼に付き従う戦士たちに十分な食料を確保し、次の新たな襲撃目標を見つけ、襲っただけのように見える。根底にあったのは白人不信で、白人どもが提供するいかなる協約も信用せず、それどころか、面談、会議などは無駄だとばかり一切応じなかった。白人との協約を信用しないという一点だけでも、彼の見識は当たっている。それどころか、自分の所属する部族の集まりにすら背を向けていた。
 
彼には、自分に付き従う戦士たちと共に、緩い意味でのインディアン国家を作ろうという理想すらなかったと思う。今流に言えば、ヘイト・クライムに当たるのだろうか、憎き白人どもを我らの狩猟地、大平原から追い出そう、それには手当たり次第白人を襲い、殺し、一掃し、二度とこの地を踏もうなどと思わせないことだ、くらいにしか考えていなかったと思う。ただ憎しみにだけ燃えた、一種の偏執狂的な性格だっただけなのかもしれない。

彼が率いてからのドッグ・ソルジャーは、一層狡猾になり、また残虐性を増した。それは、白人への見せしめというより、狂気のサディズムに近いものだ。男どもは拷問を加えた上で殺し、女性を輪姦し、妊婦の腹を裂いた。ドッグ・ソルジャーの残虐性は恒常でなかったが、白人側もサンドクリークでインディアン謀殺後、デンバーでその時に剥いだインディアンの頭の皮100点あまりを展示、即売会を催している。

ローマン・ノーズは、大半のインディアン部族では決してやらないこと、部族の女房、子供を戦闘集団の移動に引き連れて行った。平原インディアンは、部落に妻、子供、老人を残し、戦士だけが戦場に赴く習慣を覆したのだ。それでいながら、騎兵隊に所在を掴まれ、急襲されたことはなかった。当然、騎兵隊も躍起になってローマン・ノーズ、ドッグ・ソルジャーの所在を突き止め、撲滅しようとしていた。が、ローマンノーズが率いるドッグ・ソルジャーのキャンプ地を騎兵隊が掴み、襲撃したことはなかった。
 
ローマン・ノーズは並外れた体力を持っており、弓、ライフルの射撃の腕は伝説的だった。また、彼は銃の射程距離を常に計算に入れ、ドッグ・ソルジャーのメンバーにも無駄玉を撃たせなかった。彼らにとって、銃弾は優れた馬と共に手に入りにくい貴重品だった。だが、一旦目標を定め、襲撃を開始するや否や、彼は先頭に立ち、猛然と襲いかかり、虐殺、略奪を成功させた。そこから、ローマン・ノーズは決して弓矢、鉄砲玉には当たらないという神話が生まれた。
 
また、彼は鉄のナイフで切った、触った食物を口にしなかった。とりわけ、戦いの前には神前にぬかずくかのように、精神統一を図り、トランス状態になった。幻覚をもたらすキノコの一種を服用していたらしい。そして、死に化粧にも似た化粧をし、頭には例の羽の冠を被った。

No.29-02
戦闘用の化粧をし、このような冠を被った
これは当時の写真ではないが、このような羽カンムリを被り
死神のように白く化粧をしたドック・ソルジャーは悪魔のように恐れられた

-…つづく

 

 

第30回:ローマン・ノーズの最期

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2
第5回:サンドクリーク前夜 その1
第6回:サンドクリーク前夜 その2
第7回:サンドクリーク前夜 その3
第8回:サンドクリーク前夜 その4
第9回:サンドクリーク前夜 その5
第10回:シヴィングトンという男 その1
第11回:シヴィングトンという男 その2
第12回:サンドクリークへの旅 その1
第13回:サンドクリークへの旅 その2
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第15回:そして大虐殺が始まった その1
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