第35回:Take Me Away To The Rugby Football Game
更新日2004/09/23
国内のラグビー・シーズンが開幕した。社会人の上位12チームによるリーグ戦、トップリーグは先週の土曜日から始まり、関東の大学の対抗戦A、リーグ戦1部とも今週から始まる。
今では国内のシーズン・オフには、北半球、南半球の世界のラグビー・シーンをテレビで観ることができるが、やはり生で観戦できるのは本当にうれしい。今年も何度か秩父宮ラグビー場に通うことになるだろう。
私は秩父宮ラグビー場でラグビー観戦するのが、何より大好きだ。いつもバック・スタンドの22メートル・ライン(H型のゴール・ポストの立つゴール・ラインから22メートルの位置に引かれたライン)付近の十何列目かに席を取り、キック・オフとともに、持参したサッポロの黒ラベルの缶をおもむろに開け、ゲームを観戦する。至福のひとときだ。
以前は、よくひとりで出掛けたものだが、サラリーマン時代、会社の同僚数人と観戦するようになってから、今では店のラグビー好きのお客さんとご一緒することがほとんどだ。少ないときで4、5人、多いときには10人を超える大所帯になることもある。
場内には売店もあり、立ち売りの人ももちろんいるが、私たちは外苑前からラグビー場に向かう途中のステーキ屋さんでステーキ弁当を、酒屋さんで缶ビールとジョニー・ウォーカー(日によって黒ラベルだったり赤ラベルだったりする)を買い込んで入場する。
同じスポーツ観戦でも、東京ドームのような厳しい持ち込み品チェックのない秩父宮ラグビー場では、そんな牧歌的な観戦が可能なのだ。真冬にはジョニ黒を熱いお湯で割って、本当に贅沢なホット・ウイスキーを作り、「甘露、甘露!」と言って味わったりしている。
若いカップルのファンも多く、男の子が女の子にルール解説をしている光景をよく見かける。女の子の方が「ほんとう、そうなんだ」などと言って感心→尊敬の眼差しを向けたりしているのだが、となりで耳をそばだてていると、たいがい男の子がでたらめを教えているケースが多い。
衝動的に誤りを正したい気になるが、そこは「青少年、がんばれよ」と、心の中で声をかけ、慈愛の心で見守るのが、大人の分別というものだろう。
大人と言えば、ゲーム全体を見渡せる後ろの席には、いつも目の肥えたオールド・ファンがかなりの数いて、タイミングよく、「よし!ポイント作れ」「いいタックルだ」などと声をかけている。歌舞伎の「音羽屋!」などの声かけにも似て、実に堂に入っており、こういう人たちがずっとラグビーを支えてきたのだろうと、しみじみした気持ちになる。
シーズンが深まると、ゲーム終了の頃はかなり陽も落ちて、少しずつ暮れなずんでいくラグビー場を、試合の余韻を楽しみながら後にするのも、私のとても好きな時間だ。そしてたいがい、みなさんと連れだって、試合の反省会と称して「2軒目」の店に入っていくのが常だ。
ところで、日本には専用のラグビー場が極端に少ない。秩父宮ラグビー場の他には、札幌の月寒ラグビー場、埼玉県の県営熊谷ラグビー場、名古屋の瑞穂公園ラグビー場、そして、大阪にある近鉄花園ラグビー場。全国で5ヵ所しかないのだ。
私は花園以外のラグビー場は行ったことがあるが、いずれもラグビー専用ということで、ラグビー好きの心を捉える素敵なグラウンドだった。しかし、試合数の割に受け皿があまりに少ないため、シーズンも後半になるとかなり芝生が傷んでくる。
花園は、先日のトップリーグ開幕の時は美しい芝目を見せていたが、全国高校大会の頃になると劣悪なグラウンド・コンディションになる。ところどころに穴ができて、走るのに危険なので、高校生たちはメイン・スタジアムよりも併設の第2、第3球技場で試合を行ないたいと希望するらしい。残念な話だ。
雨の降ったときなど、田圃の中でゲームをしているようで、シーズン終盤の花園は国際試合をするグラウンドとは思えない。関係者はけっして野放図にしているのではなく、きっと必死になってグラウンド整備をしているのだろう。ただ、試合数に芝生の状態がついていけないだけだ。
私たちにとっては、秩父宮ラグビー場の方が、国立霞ヶ丘競技場(いわゆる国立)よりもトラックがないなどのいくつかの理由から、数段観戦しやすく気に入っている。ところが私の店にいらっしゃったトップリーグの選手の方に伺うと、秩父宮に比べて、国立の方が芝を酷使していないのではるかに走りやすいとのことだった。
日本国内には数え切れないほどのゴルフ場があって、みな美しい芝生を持っている。その1パーセントの分量の芝があれば、今の倍の数のラグビー場ができるのではないか。世の中の流れとして、また経済効率からも専用スタジアムよりも多目的スタジアムを作った方がよいことは、よくわかっている。
それでも私は、トラックなどなく、グラウンドと客席が一体となり、客席に選手たちの肉のぶつかる音、骨のきしむ音までがはっきりと聞こえてくるようなラグビー場が、これからもいくつか作られることを夢見ている。
芝生の上にはH型のゴール・ポストだけが立ち、縦横にはラグビーだけにしか必要のない白線が引かれた、美しい専用のグラウンドができるのを。
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