第82回:スペイン流節税対策とは…
私がスペインに棲み始めた時、まだフランコ将軍が独裁権を握っていた。ブランコ首相が(フランコと紛らわしいがこちらはブランコ)が政治をつかさどってはいたが、スペインは典型的な警察国家で、フランコ親衛隊とでも呼ぶべきグァルディア・シビル(そのまま訳せば市民警察だが、実際は公安特高警察)が幅を利かせ、ダークグリーンの制服に黒いエナメルを光らせたボナパルト帽を被り闊歩していたものだ。ネチスドイツのヒトラー親衛隊と同じような存在だと思えばよい。
1980年当時の警察の制服。黒い冠の二人がグァルディア・シビル
フランシスコ・フランコ(Francisco Franco:1892-1975)
スペイン内戦(1936-1939)で共和政を打倒し、
以後30年以上に渡って独裁者フランコ総統として君臨
このイカメシイ制服に身を固めたグァルディア・シビルの方は、人目を引くし、外見ですぐにそれと分かるからまだ良い。問題は私服のグァルディア・シビルも徘徊していて、普通の背広やジャケットの襟の裏側に小さな金のバッジを付け、何か尋問する時に、「俺はこういう者だ」と襟をひっくり返し、その金のバッジを見せるのだった。
この手の私服の方が始末が悪く、私の直接の友人とまでは呼べないが、日本で知り合ったバックパッカーはスペイン語なぞ、大してしゃべることもできないのにマドリッドのバールでフランコの悪口を叩き、そこに居合わせた私服にその場で逮捕され、1年近くマドリッド郊外のカラバンチェール刑務所で過ごしている。
『カサ・デ・バンブー』にも私服のグァルディア・シビルがやって来た。
本来ならレストラン、バール、ホテルなどは観光省と税務署の管轄で、公安ゲシュタポであるグァルディア・シビルは圏外のはずなのだが、外国人が経営している店にやってきては、タカルのだった。まず、店に必要な書類をすべて見せろと始め、レジデンシア(在留許可証)は持っているのかと脅しをかけ、おもむろに“グァルディア・シビルの友”という訳の分からない会に入会せよと、タダ酒、タダ飯にありつくのだ。
私は同業者仲間から癖の悪い私服グァルディア・シビルのことを聞いていたから、“困った時のゴメス頼み”で、いつも防波堤になってくれる大家のゴメスさんのところに奴を送った。ゴメスさんはバレアレス諸島(マジョルカ、イビサ、メノルカ)を統括するグァルディア・シビルの長と懇意にしていているから、そんな会があるとすれば、すでに名誉会員になっているはずだ…真面目な貴方が来たことを報告しておく…と、ビール一杯くらいで追い返したのだった。
私が『カサ・デ・バンブー』を始めた当初、開店する前に営業税のようなものを税務署に支払い、他にレストランのカテゴリー、1本フォークから4本フォークまでに応じた認可料を観光省に払うだけで、売上総額に対する税金、儲けの何パーセントというような税金はなかった。
早く言えば、どうやってもこうやっても、つかみどころのないレストラン業の利益など誰もがゴマカスに決まっているから、はじめに企業許可税の形で徴収しておき、後はお前たち勝手に好きなようにやれ…といったところだろう。
フランコ将軍が死んでから、スペインもヨーロッパの一員になりたくてうずうずし始め、先ずはヨーロッパの他の国並みに消費税(IVA)を設け、税制の整備を始めた。当然、所得税が掛かってくる。イビサのホステレリア(レストラン、ホテルなどの接客商売)は、主に外国人、イギリス、ドイツ、北欧人が多かった。彼らはすでに自国でそのような税制を知り、体験してきていたから、アタフタすることもなかった。焦り出したのはスペイン人、カタラン人の小事業主たちだった。そのような変化にハシッコく対応できる税理士、経理士が跋扈し出した。
当時の1000ペセタ紙幣、スペインの旧通貨
私は毎日の売り上げをレシートに添えて、ホッチキスで止めて記帳し、売り上げはすべて銀行に入れ、主な仕入れ、ワイン、肉は小切手で支払い、経理が一目で分かるようにしておいた。
新しい税制が始まった時、ゴメスさんが使っている税理士を紹介してもらい、売上伝票、仕入レシートなどを持ち込んだところ…
「お前ね~、ハラキリでもするつもりか? こんなにすべてを曝け出すのは、尻の毛まで抜いてくれと言っているようなもんだぞ。毎日のお客の30%は来なかったことにしろ。お客に渡したレシートの写しの30%は、その日にうちに破いて捨てろ。お前、このスペイン中で、どのこのレストランがこんな度を過ごしたバカ正直に申告すると思う? 誰もそんなこた~やりはしないぞ。向こうさん(税務署)でもそんなこと百も承知で吹っかけてくるのさ…」と言うのだった。
経理士のお教え通り、その日から30%内外の客は存在しないことにして、その分はタンス預金し、銀行へは売り上げの70%だけ入れた。小さなカフェテリアのショーバイだから、どう転んでもたいした金額にはならないし、税務署にしても、監査を入れるのはもっと大きなところを狙うだろう…という下心もあった。
『カサ・デ・バンブー』より格段に大きいレストラン『サン・テルモ』のイヴォンヌと税金対策の話をしたことがあった。イビサにこの店アリと唄われる『サン・テルモ』の揚りでイヴォンヌはプール付きの豪邸を建てているし、税務署が狙うレストランの筆頭であることは間違いない…と思ったのだ。
「そんなこた~、全く心配する必要はないさ、オレんとこは、一皿売るたびに、上手くいってチョン、イーブンで、売れば売るだけ損をしている。この料金でこれだけのモノを食わせることができるのは、利益を省みずに、ほとんど奉仕事業みたいにやっているからだ…」とノウノウとノタマウのだ。
フランスでは税務官がお客を装ってやってきて、数ヵ月後に監査が入り、彼が食事をした時のレシートを経理に載せているかどうかを照らし合わせるのだという。それから、仕入れたワインとお客の人数の比率など、相当微に入り細に入り調べあげられることになる…が、そこまで税制が始まったばかりのスペインでヤルと思うか? それに私服で客を装って来る監査官はすぐに分かるもんだ。奴らは臭うからな~、と大先輩格のイヴォンヌ先生はおっしゃるのだった。
十余年間、『カサ・デ・バンブー』に覆面税務官がやって来たことはなかった。
-…つづく
第83回:税金より怖い社会保険料
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