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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第143回:スペイン的時間の観念と“コネ”社会

更新日2020/11/12

 

スペイン人は体内に独自の時計を持っているのではないかと思う。まず、時間通りに物事が運ばれ、終了することがない。そんなことは奇跡に近く、起こりえない。そうかと言って、彼らが怠け者だ、時間の観念がない、というのではなく、一旦仕事にかかれば、きちんと自分の仕事をこなす職人はたくさんいる。しかも、立派に仕事を仕上げる腕を持っているのだ。 

『カサ・デ・バンブー』を開店する時、そして開店してからも時間通りに来てくれないどころか、何時、何日来るのか来ないのか知れない電気工、冷蔵庫修理工、配管工、ガスの調理コンロの修理屋、左官屋、トイレの汲み取り、それに永遠に終わることがないとまで思わせたお役所関係の認可などなど、まるで忍耐力の限界をテストするかのように彼らと交渉した。救世主、ゴメスさんがいなかったら、大きな壁に何度もぶつかり、もはやこれまでとあきらめていたかもしれない。

何年も経ってから、徐々に私もイビサに慣れてきて、“ウチ”の人間と認められるようになり、お役所、警察所、銀行、商売がらみの様々な卸屋、職人たちを知るようになって、初めて彼らの感覚を多少理解できるようになった。

例えば、水道屋に簡単な仕事、壁の中を走っているパイプから水漏れがするので、修理に来て欲しいと頼む時、一見安請け合いに思えるほど、気楽に引き受けるのは、彼の優しさというのか、頭ごなしに、今、忙しいから他に行きな…と断れないからで、仕事を依頼する方も、“いつか暇になったら行くよ”くらいに受け取る必要がある。それに、職人だけではないが、スペイン人は一般的に、時間に制約されるのを嫌う傾向が強い。明日の何時に必ず来い…などと押し付けられるのを極端に嫌う。そんなにアクセクして何になる…と信じているのだ。

特に職人を呼ぶ時には、“来て頂く”という態度が大切で、こっちは金を払うんだから、それにこっちは忙しい、または短い休暇を楽しむために来ているのだから早く来いという姿勢を間違ってもとってはならないのだ。 

スペインで事を成そうとするなら、彼らの流儀、時間的感覚でコトに当たらなければならないのだ。

イビサで過ごした時代の後半には、EC共同体の方針で、EC内ならどこでも自由に移動ができ、働けるようになった。結果、ドッとばかり、ドイツ人、イギリス人、北欧人が仕事目的でイビサに入ってきた。イビサに住む同国人を相手にするだけで充分な仕事量があるからだ。ドイツ人の車修理工、電気工、イギリス人の大工、配管工などが、EC内ならどこでも自由に仕事に就ける特権を利用して、暖かい島でのんびり仕事をしながら暮らそうとばかり押し寄せてきたのだ。

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当時の温水器(参考イメージ)

彼らは約束の時間通りにやって来る、それは大いに助かる。例えば温水器、電気で60リットルのお湯を常に貯めておくタイプのものだったが、お湯を使うと、わずかな電流が流れているのか、ピリッとくるようになり、そのうちに、安全器がバチンと降りるようになってしまった。そこで、ギュンター推薦のドイツ人電気工に来てもらった。

私としては、温水器を修理できるならそうしてもらい、修理不可能なら取り替えて貰えればそれでよかったのだが、クダンのドイツ人電気工はまずこの建物自体の配電はとんでもなく悪く、充分な電力を供給できていない。よって、この建物全体の配電を取り替えなければどうにもならない。スペインの石、レンガ、コンクリート造りの家では、電線はすべて壁の中、セメントで固められている。だから、電線をもっと太いものにするといっても簡単なことではない。建物の壁を電線に沿ってすべて壊さなければならないのだ。

彼はスペインの電気システムのお粗末さを延々と述べ、私がそんな大掛かりな工事になるなら大家さんのゴメスさんと相談しなければならない、自分で決められない…と断ると、急に憤ったように、ここに無事に住みたいなら、俺の言う通りの工事をするべきだ、火事になるか、シャワーの下で感電死したくなければ…と捨て台詞を残して去って行った。 

確かに私のような素人目から見ても、スペインの電気系は場当たり的というか、メチャクチャに見える。元々電気などが存在しなかった何百年前の建物に後から電線を引っ張り込んだのだから、それなりの無理を通したのだろう。そんな遣り方をそのまま現代のレンガ、コンクリート建物に持ち込んだと言えなくもない。ドイツ人電気工の言うことは一々ごもっともなのは分かる。だが、意外と火事、とりわけ漏電による火災が少ないのは建物自体が燃えないコンクリートと穴あき軽量レンガでできているからだろう。それに、家庭内で使う電気量はとても少ないのだ。

そこで、またゴメスさんのコネでイビセンコ(イビサ人)の電気工がやってきてくれた。彼はこんなことに慣れているのだろう、実に素早く、安全器のヒューズを30アンペアに替え、消費電力が少なく、かつ保温性の高い40リットルの小さめの温水器に取替え、温水器のコンセントを新しくしただけだった。それで、私がイビサを離れるまで十数年、全く問題がなかった。

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夏のリゾート・イビサの定番はシエスタ(昼寝)

イビサに外国人、主にイギリス、ドイツ、オランダの職人が入ってきた当初、外国人居住者はとても喜んだ。これで何時来てくれるか分からない電気工、配管工、上下水道やトイレ修理に何ヵ月も待たされなくて済む、きっときちんとした良い仕事をするだろう、何たって言葉の通じる同国人なんだから…と期待したのだ。ところが、彼らが時間通りに来て、きちんと仕事をこなすのはせいぜい初めの2年くらいのもので、それ以降はスペイン人、イビセンコの職人より時間を守らなくなり、仕事もいい加減になってくるのだった。

外国人の職人を呼ぶ時に、彼らがイビサにやって来て何年になるかを確認しろ…というのが鉄則になってきたのだ。外国から来た職人は、スペイン化と言って良いと思うが、安くて美味いワイン、リキュールに際限なく溺れ、長いシエスタ(siesta;昼寝)を享受し、スペイン人の習慣に染まるのだ。おまけに、スペインの職人どもは仕事を知らない、怠け者だ、と軽蔑し、自分がそれ以下の存在になっていることに気が付かないのだ。

スペイン人、イビセンコの職人たちは、確かに時間通りに来て、予定の時間内で仕事を終わらせることはマズない。だが一旦仕事にかかると、時間を忘れたかのように、きちんとした仕事をする…者も多いのだ。

職人だけでなく、スペイン人、イビセンコは、西欧人、西洋化された日本人とは、別の体内時計で動いている…と考えた方が、受けるストレスも少なく、コトがスムーズに運ぶ。“コネ”と言えば、悪い意味にとられる部分が多いが、人間的繋がり、関係と呼ぶのが当たっているだろうか、その“コネ”、人的関係こそ、彼らの行動の基本にあるのだろう。 

私は、最初はゴメスさんの“コネ”を盛大に利用させてもらい、自分で“コネ”というのか、地元の人たちとよい関係を築くのに3、4年はかかったと思う。
もっとも、私とゴメスさんの関係も大家さんと店子という以上の“コネ”なのだが…。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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