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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第738回:グレードパークの斜塔と天文台

更新日2021/12/23


私たちが住んでいる高原台地(グレードパークと呼ばれています)のことは何度か書きました。でも、まだここの名所のことは書いていなかったと思います。

谷間の町から蛇のようにうねった道を登ってきて、上の平らなところに到着し、ほどなく道が分かれます。断崖の縁を行くコロラド・ナショナル・モニュメント道路から分かれ、左に折れ、森の中に入って12、3キロ行くと、グレードパーク唯一の交差点に着きます。

交差点と言っても信号機があるわけではなく、DS通りと16・1/2通りが高原台地、荒地のなかで直角に交わっているだけのことです。この台地を走っている道路はメッサ・カウンティー(メッサ郡)が管理しています。道路の名前も、偉人、大統領の名前など付けず、便宜的にAS、BS、DSなどと、北からアルファベットそのままを使い、それにサウス=南のSを付けたりするだけです。16・1/2というのは、ユタ州とコロラド州の州境からの距離で、州境から16マイル半という意味で、なんとも味気ない命名なのです。

その交差点がグレードパークの銀座、中心になります。と言っても、西側にザ・ストア(Theを付けるのはこれ一つしかないからで、英語の文法で太陽は一つしかないからTheを付ける…と教えられたのではないでしょうか…)があります。

私たちが越してきた13、4年前はこのザ・ストアの中に簡易郵便局があり、グレードパークには郵便配達がありませんので、住人は皆、そこへ郵便物を取りに行っていました。お店、ザ・ストアと言っても、ホコリを被った袋詰めのポテトチップや駄菓子、夏にはアイスクリーム、アイスキャンディー、キャンパーのための氷、ビール、それに土産用のTシャツ、野球帽があるだけで、薄暗くウラブレています。

昔、手回しのポンプでガソリンを売っていた名残のガソリンスタンドが錆付いたまま店先に立っています。ザ・ストアの建物自体はスカンジナヴィア風とでも言うのでしょうか、濃いワインカラーに塗り、白い縁取りをした、それなりに美しいものです。そのザ・ストアのDS道路を渡った南側、南東の筋向かいには背の低いセージ・ブラッシュ(木と雑草の間のような)が延々と広がる荒地です。

グレードパークの交差点には2軒の建物しかありません。ザ・ストアともう一軒、16・1/2通りを挟んだ東側に奇妙な塔が建っています。その上に天体観測用のドームが危ういバランスで載っています。これは遠くからでも目立つ建物です。そのタワーというのがログ、丸太を横に積み重ねて建てもので、ピサの斜塔並みに傾いでいるのです。このグレードパークの斜塔が名所とかろうじて呼ぶべき目印なのです。その下にある家もとてもユニークで丸太小屋には変わりないのですが、南側一面を60度くらいに傾斜させた大きなハメ殺しのガラス窓が並んでおり、太陽熱で家全体を暖める意向が見て取れます。

一体どうやってここまで運んできたのか、小さな機関車、それに鉱山用の鉱石などを運ぶダンプ貨車、それに蒸気機関車に欠かせない水を補給するための木製の巨大な樽が線路に橋渡した橋梁に載っているのです。

でも、グレードパークにたとえ豆汽車でも走っていた歴史はなく、ただ酔狂の極みでこんなところにまで運んできたのです。そして鉄橋も架かっているのです。さらに東側には、恐ろしく長い丸太小屋があります。22戸の貸し倉庫になっているのです。

このグレードパークに来る人の目を惹きつけ、“何なんだ? ありゃ一体何なのだ?”と思わしめる超ユニークな建物群を作ったのは元祖ヒッピーの極みであり、今でもその精神を豊かに保っているスティーブとボビーというカップルです。

スティーブおじいさんは、フランネルシャツに体になじんだ着古したジーンズ、幅の広い皮ベルト、頑丈一点張りのワーキングブーツ、頭にはもちろんカウボーイのテンガロンハット風の帽子を載せています。そして、奥さんのボビーは丸顔の、若い時にはとてもキュートだったと思わせる穏やかなお婆さんです。

この二人の人生はまるで絵巻物のようなのです。スティーブはニューヨーク出身で、フロリダ大学で建築を専攻したレッキとした建築家です。フロリダでボビーと出会い、ホルクスワーゲンのキャラバンでヨーロッパをそれこそ隈なく回り、モロッコに足を伸ばしているのは、ウチのダンナさんのバックパッカー時代と似ています。1975年に彼らはもう一度、今度は自転車でヨーロッパを回っているのです。また、彼らは実によくアメリカ国内も歩き回っています。そして、ここグレードパークに理想郷を見い出したのです。 

偶然から今の地所を手に入れ、最初はインディアンのテント、ティピィーに住み、それから20フィート四方(約7m×7m)の丸太小屋を建て、お金が出来たら増築することを繰り返して、スティーブの幻想?の赴くまま現在のようなコンパウンドになって行ったと言うのです。奥さんのボビーの夢はトイレを家の中に持つことだったと言っています。その当時と言っても1970年代ですが、グレードパークのような牧場の家のトイレは、“アウトハウス”と呼んでいた便所小屋が母屋から十数メートル、臭いが漂って来ない距離にあり、冬の期間、夜そこまで用を足しに行くのはとても勇気のいることでした。これは私のお爺さん、お婆さんの農家に泊った時に、私も体験しています。

ボビーの方ですが、自分でロシア・ギリシャ系と雑多な血筋を笑っています。育った環境のせいばかりではないと思うのですが、こんな語学の天才がアメリカにもいたのかと思うほど、外国語が達者なのです。ボビー自身、恥ずかしがって言いませんでしたが、スティーブによるとフランス語、ドイツ語、ロシア語、ギリシャ語、スペイン語、ナヴァホインディアン語、広東語と並べ、いつも新しい言葉を習得しようとしているから、会話だけなら一体幾つの言葉が出来るのか見当がつかないと言うのです。彼女は地元の子供たちにボランティアでスペイン語を教えています。

スティーブは建築士ですから、構造上の力学計算をしていたとは思うのですが、グレードパークの斜塔、天体観測塔が傾いてきたのは、お金がなく、交差点を南に行ったピニヨン・メッサのフラットトップの山、というか丘に群生しているアスペンを切り出し、それを使ったからだ…と苦笑いしています。十分に乾燥させずに使ってしまったと言うのです。

太陽が当たる方の丸太が乾燥し、縮じみ、傾いてきた…といつか倒れるかな~と呑気に構えています。もちろん、そんなことはないでしょうけど…。塔の上に載っている天体観測ドームは、シカゴのマニアに造らせたもので、天体望遠鏡も大中古を見つけ、バカ安値で購入し、運び込み、据え付けたと言っています。

この台地の牧場、農家で、最近になって町の人たちが豪華な別荘や家を建て始めるまで、カウンティー(郡)に正式に建築許可を取り、建物を建てる習慣はありませんでした。古い建物はもちろん、未だに牧場内の巨大なバーン、牛小屋、馬小屋、鶏小屋、トラクターなどを入れておく大きなガレージ、母屋の改造、増築など、農夫、牧童らが自らの手で、あるいは近所の同胞の手を借りて建ててきました。

いつも卵を買っているマクドナルドファームにある十数軒の建物は、母屋をはじめすべてマイクが建てたものです。私たちが今の地所を買った時にも、敷地内に13戸の物置、鶏小屋、ヤギ小屋、ガレージが建っていました。

ですから、天体観測タワーをまだ青いアスペンの丸太で建てたスティーブが例外だとは言えません。しかし、他の牧場では、牛舎、牧舎などは仕事に結びつく、必要に迫られた建物ばかりで、スティーブのように、遊び心、ただ、木星の周りを回っているお月さん、イオの爆発を見たいからと、天体観測塔を建ててしまう精神ではありません。

元ヒッピーで遊び心旺盛なウチのダンナさん、「ウーム、あいつらこそ本物のヒッピー的生き方を貫いてきたな~。負けた!」と呟いていました。

-…つづく 

 

 

第739回:我が懐かしのプエルト・リコ

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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