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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第394回:流行り歌に寄せて No.194 「山谷ブルース」「友よ」-その2~昭和43年(1968年)

更新日2020/04/30



私が中学2年生だった時の担任のF先生は、まだ大学を出て教師になってから2、3年しか経っていない20歳代半ばくらいの女性で、知的で美しい方だった。

彼女はホームルームの時間になるといろいろと工夫を凝らして、私たちに考えるチャンスを与えたり、胸を打つ話を用意してくださったりした。但し、以前にも書いたが、かなり乾ききっている地域の中学生たちの中には、なかなか心を開かない者も少なくなかった。

ある時、F先生は太宰治の『走れメロス』を朗読してくださり、読まれている途中でご自分で感極まって涙を流された。そこで、「先生なんで泣いとるの、なんか悲しいとこあったんかなあ、この話に」「だれが泣かした。悪い奴がおるでかんわ」などと、茶茶を入れてくる者が数人はいるのである。

またある時は、テープレコーダーを重そうに抱えてきて、「今日はみんなに素敵な曲を覚えてもらいたいんだわ」と再生ボタンを押された。流れてきたのが、その前の年に発表された『友よ』だった。そして謄写版で印刷した歌詞のプリントを全員に配られ「歌ってみようよ」と言われて、自ら歌い出したのである。

中には「<夜明けは近い>って何回くり返し歌わせるの? もう、たるなるがや(疲れてしまうぜ)」と途中からやめてしまう者も何人かはいた。けれども、音楽の時間に教えてもらう歌とはかなり違う雰囲気であり、何か連帯感のようなものが生まれてくるような気がするのか、思いの外多くの生徒たちは、先生に合わせて声を出していた。

<夜明けは近い 夜明けは近い…>。当時、まわりとほとんど馴染めず、かなり屈託した思いでいた私は、「本当に夜明けは近いのかな。やっぱり、そんなに近いとは到底思えないけれど…」そう考えて、口を大きく開かずにぼそぼそと口真似だけをしていた。

しかし、今まで聴いたことのないメッセージ(後から知った言葉だが)のようなものが含まれた単純な詞に、少しずつ傾倒していった記憶がある。

 

「友よ」  岡林信康・鈴木孝雄:作詞  岡林信康:作・編曲  
     岡林信康、高石友也 ザ・フォークキャンパーズ:歌


友よ 夜明け前の 闇の中で

友よ 戦いの 炎をもやせ

夜明けは近い 夜明けは近い

友よ この闇の 向こうには

友よ 輝く あしたがある

 

友よ 君の涙 君の汗が

友よ むくわれる その日がくる

くり返し

 

友よ のぼりくる 朝日の中で

友よ 喜びを わかちあおう

くり返し

 

友よ 夜明け前の 闇の中で

友よ 戦いの 炎をもやせ

くり返し

 

岡林信康と共に作詞者として名を連ねている鈴木孝雄は、ザ・フォークキャンパーズのメンバーの一人だった。ザ・フォークキャンパーズは、関西フォークキャンプに参加したシンガーによって結成された出入り自由な音楽ユニットのことである。

昭和42年夏に高石友也、ザ・フォーク・クルセダーズ、中川五郎らが出演し、歌と討論をあわせた催し、第1回関西フォークキャンプが、100人の参加者を集めて、京都は高雄の神護寺で開かれた。これは、その後全国各地で行なわれるフォーク集会の先駆けになったものである。

(私の頃は会場もかなりも近かったので、友人があの狂乱の「第3回中津川フォークジャンボリー」に行ってきたという、ただそれだけで彼は一時的にヒーローになったりしていた時代だった)

さて、インパクトの強い<戦いの炎をもやせ>というフレーズは鈴木孝雄によって生み出されたものだと、岡林は語っている。全体の詞の中でも、際立つ言葉である。おそらく、その後に展開する数多くの反戦や、公害阻止など、市民運動、学生運動で多く歌われた理由は、<夜明けが近い>ととともに、この歌詞に共感したことによるものだと思う。

この曲のコーラスに参加している高石友也は、岡林を歌の世界に誘(いざな)った人である。岡林が最初にコンサートで高石の音楽を聴いた時、自分の言葉で曲を作り、歌っている姿勢に、衝撃的なほどの深い感銘を受けたという。それと同時に、「この程度なら俺もやれる」と思ったことを、前回ご紹介した平成19年の日比谷野音でのコンサートでの中で、冗談っぽく語っていた。

岡林が同志社大学生時代に東京の山谷、高石友也が立教大学生時代に大阪の釜ヶ崎で働いていたことは、東西の大学と勤務地がたすき掛けになっていて興味深い。同じような体験をしたことが、二人の関係を深めたことは考えられると思う。

現在、岡林信康73歳、高石友也78歳。二人の友は、今でも<夜明けは近い>と歌ってくれるのだろうか。それとも、前回書いた、最近の岡林が『山谷ブルース』の最後の5番の詞を歌わなくなったように、もう既に封印をしてしまったのだろうか。その疑問を、今投げかけることは、もしかしたら大変無遠慮なことかもわからない。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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