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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第834回:美しく老いることは可能?

更新日2024/01/18


私自身が引退生活に入ってから、お付き合いというのでしょうか、会う人も殆どすべて現役を退いた定年退職した人になってしまいました。もう働かなくてもいいことに感謝しつつ、エネルギー溢れる学生さんやドンドン論文や著作を書き、発表している現役の先生たちを半ば憧憬のこもった目で見ています。と言いながら、もう一度教職に戻りたいとは全く思わないのですが…。
 
私たちが住む高原台地は、谷間の大学町から小1時間のドライブの距離です。チョットした山登りの道路ですから、気楽に同僚をよぶには、余程彼らが森や岩山の自然が好きな人間でない限り、彼らに対して重荷になるドライブになるのでためらいがあります。結果、ここによび、森を散歩し、木の下で食事をするのは、多かれ少なかれアウトドア・タイプの元同僚の先生たちになってしまいます。

そのアウトドア・タイプの人たちもつい最近までバックカントリー用の重いリュックサックを背負い、日に15~20キロも歩いていた人が、最近、大きな波に襲われたように、次々と膝だ、腰だ、足首だと故障を訴え、このひと月だけで3人もが人工関節の手術を受けました。70代に入ると、どうにも今まで健康そのものだった人でも、どこかにガタがきて、修理、パーツ交換が必要になってくるのは避けらないようなのです。 
  
先週ここに来て、昼食会をした二人組は、元々大変なアウトドア・タイプなのですが、リーニーの方は松葉杖を離せませんし、リンの方は緩い坂道、階段でも不安いっぱい、ユラユラ、グラグラで、一歩ごとに緊張感が漂ってきます。

ここの高原に住む隣人たちも皆さんお歳をお召しになり、バッドは膵臓に問題があり、身体に開けた穴にチューブを通し、漏れる体液を貯めるビニールの袋を常時身体に付けていなければなりませんし、私たちのアウトドアの先生、先達格の元森林監視員、ホレストレンジャーだったスチーヴも、股関節にチタニュウムを入れ替えたばかりで、フランケンシュタインみたいな歩き方をしています。

ダンナさんの同級生の一人も定年退職し、サーこれからゴルフ三昧だと張り切っていたところ、脳内の血管がプツンと切れて半身不随の状態です。どうにも認めたくないことですが、私たち人類は老化し、筋力が衰えるのと同じように、脳みその方もキチンと、シッカリと退化しているようなのです。

Forever young“永遠に若く”はボブ・ディランの唄だけのことで、「あら、お若いですね」と言われて喜ぶようになったら、それは歳の証拠なのです。どうあがこうと筋肉の退化、関節の硬化と脳ミソの劣化はピッタリと同時進行するもののようなのです。身体が硬くなってきたら、脳の方もそれだけ硬くなり、記憶力が衰え、判断力も劣化している証拠だと考えるべきのようなのです。歳を自然に受け入れ、美しく老いることは、幻想だと知るべきなのです。

ウチのダンナさんは、普通の人とはチョット変わった人の見方をします。ある意味では、その人間の本筋、表面に現れてこない部分を掴んでいるのかもしれません。私の母が亡くなった時、父は人の憐れみを誘うように泣いていましたが、覚めた目を持つダンナさん、「ナーニ、親父さんすぐにガールフレンドを捕まえるさ」と言っていましたが、ホントにその通りになりました。

その時は父に対し、随分冷酷なことを言うなと思いましたが、母の死後1年と経ずして、ガールフレンドができ、今では彼女のところに入り浸りです。生前の母にそれだけの思いやりを示し、入れ込みを見せて欲しかったと思わないでもありませんが、ウチのダンナさん、あれで良いのよ、と父を後押ししています。それにしても、毎日、毎日、日に10時間以上彼女のところに入り浸りで、よくぞアキがこないもんだと呆れてしまいます。

その秘訣は同じことを繰り返して言っても、同じ冗談を繰り返しても、言った本人も、聞く相手もそれを覚えていないこと、すぐに忘れることにあるようなのです。従って、何度聞いても、言っても、いつも新鮮なのです。

人間の脳の中で、もちろん色々のこと、モノを覚えるのは大切な働きですが、綺麗さっぱり忘れることも、覚えるのと同じくらい重要なことのようなのです。忘れることによって、いつも新鮮でいることができるようなのです。
 
ダンナさんは、私が父の世話、面倒を見過ぎだ、彼に失敗させろと言いますが、父の方は翌日には失敗したことすら覚えていないのですから、いくら失敗させても一向にそこから、学んだり、教訓を引き出すことなどあり得ないのです。同じ間違い、失敗を無限大に繰り返すだけなのです。それだからこそ、いつも幸せそうな良い顔をしていられるのでしょうね。

私自身について言っているようなものですが、老いるということは身体も脳も退化することです。美しく老いるというのは形容矛盾で、現実にはあり得ないことなのです。 

ただ、そんな老いるを素直に認めるか、イヤ、自分はまだ若いと抵抗するかの違いだけで、いくら抵抗しても生物学的退化は避けられないことです。それなら素直に自分の老いを認め、消え入るようにこの世から去っていくのが最も自然なあり方なのでしょう。

さてはて、私にそんなことができるかな〜。美しく歳をとるなどという幻想は捨てて、せめてあまり見苦しくなく歳を取りたいものだとは思っていますが…。

 

 

第835回:玄関ドアの小包は消える?!

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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