第740回:移民、避難民、不法移住者
私の甥っ子がとてもきれいなメキシコの娘さんと同棲し、赤ちゃんを造ったことは以前書きました。彼女は4、5歳の時に両親に連れられてアメリカにやって来ました。アメリカで小中高の教育を受けています。当然、訛りのない米語を流暢に話します。家では両親とスペイン語を使っていましたから、バイリンガルで、二つの言葉を自然に操ることができます。甥っ子のスペイン語もたいしたもので、医療関係の通訳として働いています。
二人の間にできた赤ちゃんは、アメリカ領内で生まれた赤ちゃんには自動的にアメリカ国籍を取得できるというアメリカの法律がありますから、アメリカ国籍です。ところが、母親の方はメキシコ国籍の外国人労働者のままなのです。ということは、アメリカ政府が外国人労働者にヴィサの延期を認めない事態になれば、赤ちゃんを置いてメキシコに帰らなければなりません。どこの国でもそうですが、外国人労働者は必要な時にはヴィサを大量に発行して受け入れ、失業率が高くなると、国元へお帰りいただくという、いわばショックアブソーバー(Shock absorber)の役目を担っています。
その良い例が、大戦前の大恐慌の時です。アメリカに失業者が溢れ、その原因はアメリカで働いているメキシコ人のせいだと、メキシコ人の大量強制送還を開始したのです。そのやり方たるや人権無視もいいところで、すでにアメリカの国籍を取得していようがいまいが、肌の色が真っ白でない、スペイン語を話す人を手当たり次第にトラックに積み込み、そのままサウス・パシフィック鉄道の貨物列車に乗せ、メキシコの奥深くまで運び、解き放っています。
その際、家族がアメリカ国内にいようが、子供が何人いようが、その場に居合わせたのが運のつきとばかり、誰彼なくお構いなしに強制送還しているのです。その時、サウス・パシフィック鉄道はロス・アンジェルスからメキシコの奥地まで、メキシコ人を運ぶのに1人頭14ドル74セントを政府から受け取っています。トイレはもちろんなく、水、食べ物も与えずに貨車に詰め込んだ状況は、ナチスドイツのユダヤ人狩りに何と似ていることでしょう。
アメリカは移民で成り立ってきた国です。私も元を正せば、私のお爺さんのお爺さんがスコットランドからやってきた移民の子孫です。極端なことを言えば、先住民族のアメリカインディアンもユーラシア大陸から遥か北方、アリューシャン列島、アラスカを経て南下してきた移民なのです。アメリカの場合、それが現代にまで及びました。
先に住み着いた人たちが共同体を築き、後から来た民族はいつも阻害されてきました。先着何名様ご招待の様に、先着組の清教徒たちが来て、後でアイルランド系、スコットランド系、ドイツ系が入ってきました。先着組は常に幅を利かせ、後から入ってきた組、イタリア系、スラブ系、そしてアジア系を差別し、蔑視し、先住組の利益を守ろうとしてきました。例外は自分の意思ではなく、強制的に奴隷として連れてこられたアフリカ人だけでしょうか。
そして、今、世界中に難民が溢れています。
天気の良い時、上空の電波の通りがよくなるのか、この場所でスペイン語のメキシコのテレビ放送が入ってくることがあります。メキシコのドラッグ戦争、そしてアメリカとの国境に押しかけ、テント村にもなっていない、路上に寝ている難民の悲惨な姿が放映されています。
トランプ元大領が推進した国境のバリケード(完成していませんが)に阻まれて国境に溜まってしまった難民、アメリカへの移民志願者は、150万人から200万人になると言われています。そこへ2年前からの新型コロナ禍で、メキシコからアメリカへの入国はまず不可能になり、国境に溜まった難民は行き場がないまま、凄惨な状態で生きています。
統計が古くなりますが、2014年から2020年までに、28万人もの親のない子供が国境地帯にいました。アメリカの収容所に収監されている子供たちはまだ運のよい方で、国境の南メキシコ側の子供たちはストリート・チルドレンというのかしら、物乞いをしてかろうじて生き延びている状況です。死んだ子供も大勢います。
必死の思いでやっと国境を越えアメリカに渡っても、良いことなど一つもありません。国境警備隊や“アメリカを移民から守る”愛国意識?に燃えた私的な警備隊、まるで軍隊のようなモノ構えで、機関銃、ナイトスコープを付けたライフルをジープやハマーに積み込み、腰にピストルを下げています、が難民をまるで鹿猟のように追いかけ廻し、捕まえるのです。当然、彼らには逮捕権はありません。メキシコからの難民は、たとえ小さなピストルのような武器でも携帯している人は皆無なのですが…。
そして難民収容所に送り込まれ、その大半はもう一度国元に返されます。その収容所での強姦事件は年に4,556件(2017年調べ)にも及び、その被害者に多数の子供が含まれているのです。法的保護が何もない難民に対して、何をやってもアメリカの法で裁かれることはないとでも思っているのでしょう。
移民の問題、難民をどこまで受け入れるかは常に難しい問題です。
アメリカでメキシコからの移民をたくさん入れろと主張しているのは、農業、果樹園を営んでいる、保守的な農業グループです。フロリダのオレンジ果樹園、カルフォルニアのブドウ園、野菜園などは大々的にメキシコからの農業労働者に頼っていますから、メキシコからの季節労務者が来ないとなると、果物、野菜を収穫することができず、そのまま腐ってしまいます。腐って捨てるよりは、とばかり、誰でも勝手に収穫してくれ、お持ち帰り自由を打ち出している農園がたくさん出てきました。
何人かの農園主たちのインタヴューを観ました。皆一様にスペイン語を話すことができ、一様にメキシコ人農園労働者の勤勉さ、性格の良さを褒め讃えているのです。付け加えて、自分の国、アメリカの若者を使ったことがあるけど、アイツらはダメだとバッサリ切り捨てているのは驚きました。アメリカの若者には、ハングリースピリッツが全くないだけでなく、勤労の精神は跡形もなく掻き消されてしまったようなのです。
アメリカとメキシコは二重国籍が許されているのですから、甥っ子のガールフレンドが一日も早く、アメリカ国籍を取り、生まれた娘と離れ離れにならずに済むように祈らずにはいられません。
始終送られてくる甥っ子の赤ちゃんの映像を観ながら、取りとめもないことを書いてしまいました。
-…つづく
第741回:“焚書”と“禁書”
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