第884回:抜きん出た女性たち その3
バーバラ・ウォッシュバーン(Barbara Washburn;1914-2014)
元々、こんな女傑列伝を書くつもりはなかったのですが、エレン・マッカーサーやハリエット・アダムス、イザベラ・バードのことを調べているうちに、続々と傑出した人物が現れ、ほとんど収集がつかなくなってしまいました。
単なる女傑といえば、ソクラテスの奥さん、クサンティッペがいるし、ローマ時代の剣闘士メヴィアから始めなければないません。(そんな女剣闘士が許される、いたことすら知らなかったのですが…)
ですが、ここではキュリー夫人やキャサリン・ジョンソンにはご遠慮してもらい、私が興味を抱いている、そして私が多少なりとも知っているアウトドア、山や海の冒険旅行家に限ることにします。
ここに登場するバーバラ・ウォッシュバーンの名前を知っている人は、余程山登り、それもアラスカの山に興味を持っている人でしょう。
バーバラは最初にデナリ(マッキンレー山)の登頂に成功した女性なのです。彼女のとても楽しい傑作な本『Accidental Adventure』 (「偶然からの冒険者」;ひょんなことからなった冒険家)は、全く山などに興味もなく、経験もなかったのが、結婚した相手、ブラッドフォードが地理、地質学者だったので、彼に連れられるように、マウント・ベルサのエクスペディション(遠征)に加わり、彼女自身、氷が剃刀の刃のようなこのマウント・ベルサの山嶺をつたい歩き、登頂に成功したことを、ど素人の目で書いています。
下山の時には、クレヴァスに落下し、宙吊りになったりしています。
私たちがカリブ海をセーリングしていた時、ヨット乗りのためのクルージングガイドブックによくこの投錨地は経験のある、リーフナビゲーターに限る、と言うコメントを読み、そんなバカな、誰しも初めから経験を持っているわけではない、ど素人なりに失敗を重ね、経験を積んで、初めてリーフナビゲーターに育っていくのです。
バーバラは本来楽天的な性格も持ち主のようですが、それ以上にチャレンジ精神がとても豊かなのです。
下山後、体調が優れず医師の診断を受けたところ、妊娠数ヵ月だと判明しました。探検隊のメンバーは彼女以外全員男性でした。
その後、マウント・ハイエスに挑んでいます。
この山は13,832フィート(約4,200m)と、私たちが、自慢げにフォーティーナー(14,000フィート以上の山)を19も登ったと言っていますが、とんでもない違いで、私たちは下手すると12,000フィートまで車で行き、そこから小さなバックパックに水とサンドイッチ、カロリーメイトなどを詰め込み、軽装で登頂しているのです。ですから、駐車場から頂上まではせいぜい500~600メートルくらいのものなのです。
ところが、マウント・ハイエスときた日には、麓の氷河に荷揚げするのに何週間もかかっているのです。何度かのアタックに失敗した末、ようよう登頂に成功しています。
そして、バーバラが登山家として知られるようになった、当時マッキンレー山(デナリ)と呼ばれていたアラスカ最高峰を女性として初めての登頂があります。マッキンレーの初登頂は、1913年、ハドリアン・スタックにより達成されています。ハドリアンは隊長で、隊員は皆男性でした。
マッキンレーは、日本でもよく知られた山でしょう。とりわけ、冒険、山登りに興味を持つ人は魔法のように興味をそそられる山です。遠くから観ても、その勇壮は“オオッ”とため息が出るほどです。
私自身、遠くから眺めただけで登ってみようと思ったことさえありません。日本で良く知られているのは、日本を代表する登山家、冒険家、植村直己さんが単独、冬季登頂を試み、登頂したものの下山の途中で消息を絶ったからでしょう。彼は、夏季の単独登頂には成功しているのですが…。
植村直己さんが亡くなる37年前、大掛かりなパーティーでマッキンレー登山、エクスペディションの記録映画の撮影のため、バーバラは登山隊に加わっています。ただ一人の女性でした。
このエクスペディションは、山の魅力、登山という冒険の素晴らしさを知ってもらおうというのと同時に、エベレストに登山隊を派遣する資金集めのための映画製作でした。戦後間もない1947年6月6日、彼らはマッキンレーに登頂しました。バーバラもそのうちの一人でした。その時、彼女には3人の子供がいました。
このように、男性ばかりの(総勢17名でした)の中に一人だけ女性が入ると、チームの和を保つのが難しくなるのではないかと考えるのは、都会のヤワな人種の偏見でしょう。探検隊では究極の体力、日常性からかけ離れた目的意識が作用しています。男性の特権であるかのような立ち小便を、女性も履行するだけのことです。
バーバラは地理測量の知識、技量があり、マッキンレーの正確な地図を残していますし、確か…と思い起こし調べてみたら、やはりそうでした。立派なグランドキャニオン全景の地図を作成、発行していました。
彼女自身が著書で描いているように、偶然から山の魅力に憑りつかれたのですが、女性はとかく妊娠や育児にだけ自身を埋没させてしまいがちですが、自分のやりたいことを捨てずに諦めなければ、とことんやり遂げることができることを証明してくれています。
育児疲れの教育ママに、バーバラの情熱を見習ってもらいたいものです。
お母さんが懸命に何かに打ち込んでいる姿は、子供たちにとっても最高のお手本だと思うのです。

バーバラ・ウォッシュバーン
(Barbara Washburn;1914-2014)
第885回:抜きん出た女性たち その4
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