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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第85回:漂泊の日本人老画家

更新日2019/09/19

 

イビサに住み始めた当初、私のアパートが居候軍団に占拠されたことは以前書いた。その後、これは私にとってとても大変な決断だったが、本当に私が直接知っている、しかも極親しい友人だけに滞在客を絞り、長期滞在を決め込む御仁を減らした。スペイン人の友達の友達、友達の奥さんのイトコ、ハトコにはご遠慮願ったのだ。

松原さんだけは例外だった。
東洋人のお爺さんが背を丸めるようにして、カジェ・マジョールで似顔絵を描いていることは知っていた。彼は他の似顔絵描きのような道具立て、大きなイーゼル(絵画用三脚)もなく、照明もなく、客寄せ用の作品を飾ることもせず、風呂場のプラスティックの桶をひっくり返したようなものを椅子にし、そこへモデルたる客を座らせ、自分も椅子、腰掛とも呼べない箱に腰を降ろし、四角いベニア板を膝に載せ、一心不乱に鉛筆を走らせているのだった。

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似顔絵描きの通常スタイル

松原さんの周りにはいつも人だかりがしていた。だが、他の似顔絵描きの連中なら、1枚仕上げるのに長くても10分もかからないところ、松原さんは食い入るようにモデルを見つめ、あきれるくらい時間をかけ丁寧に仕上げるのだ。恐らく一人の似顔絵に小1時間はかけていたと思う。せっかちなモデルは“マーダなの?”と動き、表情を変えるし、次に描いて貰おうと構えていた人も痺れを切らし、雑踏の中に消えていってしまうのだった。

誰にでも気軽に声を掛ける傾向のある私がきっかけを作ったような気もするし、松原さんが店にきて、白いご飯に生卵のブッカケはできないか…と訊いてきた記憶もあり、どうして私のアパートに棲むことになったのかは思い出せない。

私のアパートはワンルーム形式で、台所との仕切りもなく、ドアは狭いトイレ、シャワールームの境界にあるだけのオープンコンセプトだった。二つのベッドは、その広い部屋の両端に置いてあり、私は奥のベッドに寝ていたから、松原さんには入り口近くのベッドを振り分けた。

その時、松原さんはたぶん60歳を越していたと思う。20代後半か30歳そこそこだった私から見ると小柄で痩せ型、少し背が丸くなってきていた松原さんはヒナビタお爺さんのように映った。

カフェテリア商売をしていたから、そこから持ち帰る食べ物、飲み物はいくらでもあったが、松原さん用のブッカケ用に新鮮な生卵と醤油は切らさないようしていた。遠慮深い松原さんは、いくら私が『カサ・デ・バンブー』で自由に飲み食いしてくれと言っても、私のアパートで自炊し、食器もきちんと洗って片付け、ベッドも台所も、部屋全体、私一人の時より綺麗になった。時折、新鮮な魚が手に入った時には一緒に食事をした。松原さんは箸を付ける前に、ご飯を押し抱くように顔前に捧げ持ち、丁寧に、いかにも感謝するように「イタダキマス」とやるのだった。

ワインやコニャックなど、酒類はあまり口にしなかった。でも、少し入ると口が緩み、自分のことを語り出すのだった。彼は東京郊外の高校の美術の先生だった。定年後奮起し、退職金を叩いてパリに移り住んだのだった。日本の家族のこと、奥さんや子供のことなどは聞いたことがないから、天涯孤独の環境にあったのだろうか…。

私の方も、松原さんが語りたい時に聞くだけで、こちらから質問はしなかったから、松原さんの個人的な経歴などはほとんど知らない。松原さんの話の端々から、パリ在住時代を経て、南仏、イタリア、ギリシャの町々を絵を描きながら回っていたことが知れるのだった。

私は絵を観るのも、描くのも好きなのだが、絵画界がどういうものなのか全く知らない。松原さんが、少し照れながらパリのサロンに入選したと言った時も、それが大したことだとは思っていなかった。かなり後になって、サロンは昔ほどの勢いや権威はないが、日本人で入選するのことは滅多にないことを知った。

松原さんは、「私は絵が下手ですからね~。日本の絵の仲間は、お前が入選したのは奇跡中の奇跡、天地がひっくり返る事件だって言うんですよ。キャンバスでなく、大きな紙に墨でスポンジを使いミョウガ山を描き、それが偶然、墨がカスレたり、ボタボタ落ちたりで、面白い仕上げになったんですよ」と言うのだった。

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ギリシャ、パロス島の小さな教会(本文と無関係)

松原さんは夏の終わり頃、ギリシャに向かうと言って、私のアパートを去って行った。何でもギリシャの何とか言う島の漁師町では魚もエビも安く分けて貰えるので、とても暮らし易いということだった。

『カサ・デ・バンブー』を閉め、アパートに帰ったら、丁寧なお礼の手紙と2メートル四方はあるミョウガ山の墨絵が床に広げてあった。そして、パリのサロンに入選したのと同じもの…と試みたのですが、ここ(イビサ)では良い紙が見つからず、似て非なるものになってしまいました。悪しからず、お納めください…云々と、丁寧な書状が付いていた。 

今、私自身、当時の松原さんより、ズーッと年寄りになってしまった。松原さんに会ったのは、もう40~50年も前になるから、すでに亡くなられたことだろう。一体どこをどのように放浪し、晩年を過ごしておられたのだろうか…。

-…つづく

 

 

第86回:カフェ・セントラルのヨハン

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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