のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第839回:どうしていいのか分からない難民問題

更新日2024/02/22


アメリカは移民で成り立っている国だとよく言われます。私の両親も父方の方はスコットランド、母方の方はイングランドからの移民です。生粋のアメリカ人は原住インディアンだけということになります。彼らにしても、中央アジアから北極に近いアリューシャン列島をたどり、恐ろしく長い年月を掛けて波状的に南下してきた幾十もの異なった部族の人々です。

1620年のメイフラワー号以前にも、ヨーロッパからの冒険的移民団がアメリカの土を踏んでいたらしいのですが、このメイフラワー以降、怒涛のように移民団が押し寄せ、それ以前にテキサス、アリゾナ、カリフォルニアに定住していたスペイン系の移民団を巻き込み、乗っ取るようにして、アメリカ合衆国を作り上げてきました。

そして、どうにか合衆国として国家が成り立ってからも、遅れてきた移民アイルランドやイタリア、ギリシャ、そしてアフリカから強制的に連れてこられた黒人奴隷、大陸間鉄道建設のために使い捨て労役夫として中国人が連行されるようにアメリカにやってきました。

こんな雑多な民族で成り立っている国ですから、一部の国粋主義者が唱えるような純粋なアメリカ人はハナから存在し得ません。

アメリカの政治問題で今、焦点になっているのは、外交ではいかにウクライナを支援するか、イスラエルとガザ・パレスティナの闘争を抑えるかですが、国内では堕胎とメキシコとの国境から毎日1万人が流入してくる移民、難民をどのように制御し、また一度アメリカ国内に入ってしまった人たちをどこに、どのように収容し、食べさせ、医療保護を与えるかです。

テキサス州では、メキシコとの長い国境に高い鉄柵を設けたり、リオグランデ川沿いにバラ線、剃刀の刃を無数に植え付けた戦争でも激戦地区だけに使われる特殊なバラ線を張り巡らせたりして、移民流入防止対策を講じています。この剃刀の刃つきバラ線はあまりに非人道的だとして、合衆国政府はそれを排除するよう法案を決定しました。

テキサス州は元々共和党の牙城ですが、それなら際限なく流入してきたヒスパニック(アメリカではスペイン語を話す中南米人を総称としてそう呼んでいます)をお前たちが面倒見ろとばかり、ヒスパニック難民をバスに乗せたり、チャーター便の飛行機で民主党が大勢を占める北部の大都市にドンドン送り始めたのです。難民を収容する経費に比べると、そんな飛行機代、バス代なんか微々たるものなんだそうです。

おまけに、ホームランド・セキュリティの長官マヨルカス氏(Alejandro Mayorkas)が国境問題に失敗したとして、弾劾裁判に掛けようとまで(もちろん共和党が多数を占める下議員議会です)しましたが、これは失敗しました。

現在、アメリカに住んでいるヒスパニックは6,370万人います。それはアメリカ全人口の約5分の1に当たります。家族意識、血の繋がりを重んじるヒスパニック、ラテン系の人たちは、先鞭をつけ、アメリカ市民権を取得してすでにアメリカ社会に溶け込み暮らしている親戚、血縁を頼る傾向があり、一昔前にイタリア人街、アイルランド人街、ポーランド人街、中国人街、日本人街、キューバ人街を形成したように、メキシコ人、ベネズエラ人、パナマ人、コスタリカ人、エルサルバドール人、グァテマラ人たちは郷土愛というより血族、血縁で固まって住む傾向があります。

ニューヨーク市には500万人、ロスアンジェルスに590万人、マイアミに280万人、ヒューストンに270万人が住んでいます。これだけ多くなると、アメリカの中で一つの大きな社会的、政治的な力を持つようになります。

アメリカとメキシコの国境に詰め掛けている難民はベネズエラ人が圧倒的に多く、エルサルバドール、グァテマラ、パナマ、ホンジュラスと続き、メキシコ人が意外と?少ないのに驚きます。

アメリカはメキシコにお前の国に南からの難民を入れるな、通すなと勝手な要求を繰り返し出していますが、メキシコ政府はメキシコを通過するだけの許可証をほとんど無制限に発行しています。お前たち、寄り道をしたり、メキシコに住もうとせずにさっさとアメリカに行けというわけです。

この膨大な難民にどう対処するか、教条的には、アメリカは国境警備とその後の難民の世話に莫大なお金を使っているのだから、それを難民の溢れている国々へ援助金として送れ、それらの国々に雇用を促進するような企業を植え付けるべきだ…というのはあまりに理想に走りすぎている見解なようなのです。というのは、それらの国々は元々豊かなのです。ただ政治がとても悪く、腐りきっているので、たとえ大量の資金援助をしても、その大半は政治家と結びついた親族、その仲間のポケットに入ってしまうだけだというのです。

アメリカで目を見張るような成功を収めている難民出身者もたくさん出てきています。反面、ドラックの闇カルテルを組織し、一時期、イタリアン・マフィアを凌ぐ勢いだったロシアン・マフィア、それにとって変わるように、ベネズエラン・マフィア、コロンビアやメキシコ系のギャング団が勢力を伸ばしています。
 
バイデン大統領は押し寄せる難民をスッパリと切ることができず、あくまで人道的に扱おうとしているようですが、対立候補のトランプ前大統領はヒスパニックはアメリカに悪い血をもたらしているのだから、即時完全国境閉鎖、アメリカ国内にいる不法外人は即有無を言わせず、元の国に送り返せと、自分が祖父の代にスコットランドからの移民であることを忘れたような発言をしています。その悪い血を持つ人間に、アラブ人、アジア人も含めるというのですから、色付きのダンナを持つ身として、心穏やかでありません。

アメリカは毎日1万人くらいの難民を受け入れても消化できる体力を持っている…と信じたいのですが、もしそれが5年、10年と続くなら、どうなるのか不安がよぎります。

どうにも正直言って私には、この難民問題、どうしたらいいのか分からないのです。

 

 

第840回:交通事故統計の怪

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回~第550回まで
第551回~第600回まで
第601回~第650回まで
第651回~第700回まで
第701回~第750回まで
第751回~第800回まで

第801回:黒人の懲役者を白人女性が釈放した話
第802回:18歳のティーンエージャー市長さん
第803回:一番便利な家電は何か?
第804回:スキャンダルは票稼ぎ?

第805回:森の生活
第806回:スマートな人? スマホ?
第807回:アメリカン・ダイエット
第808回:マリファナの次はマジック・マッシュルーム?
第809回:洞窟に住んでいたラウラ叔母さん
第810回:退役軍人“ベテラン”のこと
第811回:『ロスアンジェルス・タイムズ』を買った外科医
第812回:偶然、大統領になってしまった男
第813回:天災は忘れた頃にやって来る?!
第814回:地震、雷、火事、親父…
第815回:年金暮らしとオバマケア
第816回:アニメと日本庭園
第817回:アメリカの御犬様文化
第818回:“I love you!”
第819回:400年記念と“アメリカに黒人奴隷はいなかった?”
第820回:コロラド、キャンプ事情
第821回:モノ書きの道具、鉛筆
第822回:エライジャ君の悲劇
第823回:持てる国と持たざる国
第824回:持たざる国、スイス
第825回:美味しく安全な飲料水
第826回:アメリカの金脈政治
第827回:よそのことを知らないアメリカ人
第828回:アメリカの医療費破産
第829回:野生の呼び声
第830回:現代若者気質とフリーセックス
第831回:アメリカの医療は中央アフリカ諸国並み?
第832回:ギャングとマフィア、そして集団万引き
第833回:アルバイトと学校の先生
第834回:美しく老いることは可能?
第835回:玄関ドアの小包は消える?!
第836回:貧困とは その1
第837回:貧困とは その2
第838回:アメリカで最も名前が知られている日本人は…?

■更新予定日:毎週木曜日