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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第745回:外来種のスネークハンター

更新日2022/03/10


先週海の悪役サメのことを書き、さて陸の悪役は誰かなと思っていたところ、爆発的に増えている大蛇のニュースが飛び込んできました。

外来種が出身地よりピタリと似合った環境を得て爆発的に増える現象は、地球上によく起こります。増えるだけならまだいいのですが、根付きの元々そこに棲んでいた生物、植物を絶滅に追いやる危機に陥れます。

そこで人間様が乗り出します。でも、一旦広がった外来種をコントロールすることは、ミッション・インポッシブルのアガキになってしまうことが多いのです。

以前も書きましたが、アメリカの河川、湖で爆発的に増え続けているエージアン・カープ(アジア鯉)は他の魚、卵、稚魚を食い、元の住人たちを絶滅させ、なお元気いっぱい、獰猛に北上し、5大湖に侵入しようとしています。まさか“広島カープ”の陰謀ではないでしょうけど…。

蛇はアダムとイブ以来、常に悪役を振り当てられてきました。あのイブを誘惑し、リンゴを食べさせたという話です。この話がなくても、蛇はクネクネと地を這い、不気味な得体の知れない生き物という印象を拭いきれません。日本の神話でも、オロチが悪の権化になって登場していますね。そして、可哀相にも退治されてしまいます。

誘惑され易いのは女性の方だという偏見か事実かは、イブ以来の伝統のようですが、大蛇退治に“誘惑されたお返し”とばかり女性が活躍しています。モーツァルトの『魔笛』で、夜の女王の侍女3人が大蛇をやっつけているのはその典型でしょうか。

フロリダ州で爆発的に増えている“アナコンダ(大蛇)退治”に活躍しているのも、圧倒的に女性が多いのです。

フロリダ州はえらく平らなところで、その中央部が窪んでいて、広大で浅い沼地になっています。エバーグレーズ(The Everglades)と呼ばれる地帯です。それだけ広いよどんだ沼地ですから、ありとあらゆる昆虫から淡水動物が棲みついています。当然、小は猛烈な蚊の集団から大はワニまで仲良く?かどうか分かりませんが生息しています。

そこが渡り鳥にとって、とても大切な休憩地であり、繁殖地になっています。この日本の県なら二つ三つがスッポリ入るくらいの大きさがあるエバーグレーズを超大金持ちのお婆さんが買い取り、国に自然保護、野生保護地帯にするよう寄付しました。

現在、その一部、南端がエバーグレーズ国立公園になっています。ワニを間近に観ることができるのです。そのための特別仕立てのバカでかい扇風機のようなプロペラを船尾に付けた平底船が観光客を乗せて回るのがこの沼地観光の売りになっています。

なにせ水深10センチ内外のところも多いので、スクリューを水中で回すことができないのです。遠くから見ると水の上を滑るように気持ちよく走っていますが、実際に乗ってみると、恐ろしくうるさい轟音を発する乗り物で、よほど鼓膜が厚く丈夫な人でなければ耐えられない騒音なのです。

生態系のバランスはとても微妙で、そこには善玉、悪玉の区別なく共存しています。そこへよそ者が侵入してくると一挙にバランス崩れます。

エバーグレーズに大蛇が現れたのです。エバーグレーズの周囲に住んでいた人たちは、ペットの猫や犬が消えてしまうことに気が付いていました。お腹をすかせたワニのせいにしていました。ところが、1979年に昼寝かどうか道路に横たわっていた大蛇を車で挽いてしまった運転手が、自然保護事務所に報告しました。それが、フロリダにいるはずのない“アナコンダ”だと判明しました。

大蛇は11フィート9インチ(3.58m)あり、ビルマ・パイソンだと判明したのです。当初、どうしてビルマの大蛇(パイソン)がフロリダに生息しているのか謎でしたが、この謎は簡単に解けました。

エバーグレーズは爬虫類にとって年中暖かく、しかも豊かな淡水動物が棲む環境が整っていましたから、そこに爬虫類研究所が設けられました。そこをハリケーン・アンドリュー(Hurricane Andrew;1992年)が襲い、研究所で飼っていた爬虫類が逃げ出してしまったのです。

ビルマ・パイソンにとって、ほとんど理想的な環境だったのでしょう。しかも、国立公園内では、いかなる動物も捕ってはいけないとされていましたから、ビルマ・パイソンは爆発的な勢いで増えていったのです。

ここに、ベスさんとぺギーさんという二人の中年女性に登場して貰います。この二人はその筋では名の知られた大蛇ハンターなのです。今まで500匹もの大蛇を捕まえた実績を誇っています。自然保護協会も遅ればせながら、やっと大蛇退治に乗り出しました。

大蛇退治許可証を大量に発行し、国立公園内や自然保護地区でも、大蛇だけはガンガン捕ってくれ、それに対し、時給8ドル46セント、1匹50ドル、ボーナスとして4フィート以上ある大蛇には1フット当たり25ドル支払うと打ち出したのです。

たとえば10フィートのビルマ・パイソンを夜中3時間かけて捕まえたとすると、合計325ドル38セントの賞金を貰えることになります。ですが、敵もサルもので、そうやすやすと捕まりませんから、夜通し大蛇ハンティングに出かけても、ピックアップトラックのガソリン代にもならない最低賃金以下の時給8ドル46セントだけで終わることの方がはるかに多いのだそうです。 

ビルマ・パイソンは毒蛇ではありません。鎌首は割りに小さく、女性の手でもガッチリ掴める首周りです。ですが、胴体の方は肉付きの良いベスさん、ペギーさんの太腿よりも相当太く、その太さが尻尾に至るまで続きます。ですから、5メートルのビルマ・パイソンは、70~80キロにもなります。今までの最長は18フィート(5.5m)です。

生物学者によると、エバーグレーズには凡そ10万匹のビルマ・パイソンが生息しているのではないか、これを全部退治するのは全く不可能だと言っています。捕獲報告されたのは、約5,000匹ですから、5%しか捕られていません。それ以上の勢いで、大蛇さんが増えていることは確かなようです。

ビルマ・パイソンが食べているのはラクーン・オポッサム(opossum;ふくろうねずみ;身に危険が迫ってくると、コロッと転がり死んだふりをする体長50㎝ほどの小動物です)で、ラクーン・オポッサムはいずれも98~99%減少しています。ということは、ほとんどがパイソンに食べられてしまったのでしょう。

白シッポの鹿も94%、なんと獰猛な小型の豹のようなボブキャットも87%、ウサギと狐に至っては100%といいますから、エバーグレーズには一匹もいなくなってしまったのです。それが2003年から2012年までの10年間に満たない期間に起こっているのです。

パイソンの巣は湿った土の中にあり、とても見つけ難いのだそうです。余程経験を積み、慣れた人でなければ、パイソンの巣の上に立っていても、それと気づかないと言います。どういう理由からでしょうか、このパイソン・ハンターは女性が圧倒的に多く、少数の男性軍は自分の奥さん、恋人がスネークハントするお手伝い程度の活躍しかしていません。

人類最初の女性、イヴをそそのかした蛇に対して復讐しているのでしょうか?
パイソン・ハンティングの許可証は、国立公園の方針でいくらでもパイソンを捕ってくれというのですから、大量発行していますが、とても人間様が追い回したところで、パイソンの増殖には追いつきません。

そこで一つのアイディアですが、パイソンの皮の製品、ハンドバックや靴などをブランド化して売り出してはどうでしょう? ワニ皮のバッグが高値をよんでいるのですから、ビルマ・パイソンの革のジャケットなど、ルイ・ヴィトン並みのブランドにならないものかしら。そうなると、我もわれもとパイソン・ハンティングに乗り出すのではないでしょうか。

-…つづく 

 

 

第746回:腐らないものは口にするな…

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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