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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第91回:イビサの不思議な愛人事情

更新日2019/10/31

 

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イビサ港と旧市街の夜景

『カサ・デ・バンブー』という海岸ぶちにあるカフェテリアをやっていたおかげと言ってよいと思うのだが、スペイン、ヨーロッパの人々の普段見せない顔を見ることができたように思える。もっとも、観光地イビサのことだから、しかもバル、カフェテリアという小さな窓から覗いただけだから、それをスペイン全体、ましてやヨーロッパ全域に広げることはできないのは承知の上だ。

社会的制約の少ないイビサは例外的な歓楽地だった。

チャーロは20歳前後の小柄なマドリレーニャ(madrileña;マドリッド娘)だ。彼女が結婚せずに赤ちゃんを産み、親族郎党の目を逃れるため、子連れでイビサにやってきた。スペイン本土では、当時、まだカトリックの締め付けが厳しく、テテなし子を育てる環境ではなかったのだ。

最初の年、チャーロは夏場だけのウェイトレスをやっていたが、じきに1年中働ける仕事を求め、新聞雑誌、本を売るキオスクのような店の店員、それから化粧品店の店員へと職場を変えた。

そして、イビサにそのようなところがあるのは不思議な気がするのだが、スペインのどんな田舎町にでもある“バル・アメリカーノ”(アメリカ風のバー、クラブ)と呼んでいる女性のホステスがいるバーがあり、そこで働き始めた。もちろん、お金、チップの収入が店員などと比べ、比較にならないくらい良いからだ。そこでバルトロと出会い、彼の愛人になったのだ。

バルトロには妻も子供もいるのだが、チャーロが子持ちだからといって恋愛感情を抑えることなど論外だった。チャーロとバルトロ、それにチャーロの幼い息子も一緒に『カサ・デ・バンブー』にチョイチョイ来てくれた。彼らはとても仲睦まじく、傍目には幸せな若夫婦に見えた。私がイビサを去るまで10年近く、彼らの関係は続いていた。その後も続くと想像している。当然、バルトロの奥さんはチャーロのことを知っていた…と思うのだが…。

彼らのように、一時の浮気ではなく、妻子ある男、ダンナに子供を持つ妻が継続的に愛人を持つ例を数多く知っている。こんな狭い島のことだから、皆に知れ渡っているに違いない。チャーロのように妻子ある男と愛人関係を長く続けているカップルを、店に来るだけでも10組くらいは知っている。

イビセンカ(イビサの女性)のマグダは、ラファエルと何年越しの愛人関係を持ち続けている。ラファエルは水道局の技師で、井戸水が少なくしかも水質の悪いイビサでは、浄化技師は重要なポジションだ。当然、彼には妻も子供ある。彼らの関係も長い。

ポーランド系のドイツ人ハイジ、アルプスの少女とは似ても似つかない大女だが、イビセンコ(イビサの男性)ホアンと公然と出歩き、旅行に出る。ホアンは大きな鉄工所を持っている。こちらも当然、奥さんも成人した子供が何人かいる。

デニースもカナリア諸島からきた口達者な大男ミゲルの愛人で、一緒に暮らしている。それは良い。でも、ミゲルの奥さんと子供たちをどのように納得させているのだろうか…と、他人事ながら気になる。

マノロは家族とともにイビサに移住し、夏場はウェイター、冬は失業保険の生活を繰り返している典型的なアンダルシアからの出稼ぎ組だ。マメに動き、勘が良いので外国語ができなくても、毎年ウェイターの仕事を見つけるのは彼にとってそう難しいことではなかった。彼はかなりのプレイボーイで、イギリス、ドイツ、北欧から次々とやってくる娘たちと良い仲になっていた。

ところが、同じレストランで働くカタラーナ(カタルーニアの女性)の娘さんと恋仲になり、二人で連れ立って歩く姿が目に付くようになった。彼らはまさに初恋のカップルであるかのように、手を繋いで歩き、腰に手を回し、抱き合い、人目をはばからず濃厚な愛情表現を披露していた。

これでマノロもやっと落ち着く…と思っていたところ、洗い場のカルメン叔母さん、マノロの恋人にはダンナも子供いる、今、ダンナは兵役でカルタヘナに出ているけど、彼が帰ってきたら、血を見ることになる、殺される…と言うのだ。もっとも、カルメン叔母さんはガンコ保守なカトリックで、しかもジプシー的モラルの厳しい人だから、マノロと恋人がやっているようなことはとても許せないと信じ込んでおり、彼らの行為は地獄に堕ちて当然と思っている風だった。 

マドリレーニャのマリベルは大学時代、妻子ある40代の男性と愛人関係を続けたと彼女自身が語っていた。不幸な結婚生活を強いられている自分の倍ほど年上の男性に同情的だった。

当時、スペインでは離婚できなかったので、そんな形で噴出したのだろうか。彼らは、一時的な浮気、遊びと言うのではなく、傍で見るのも微笑ましいほどの細やかな愛情表現をしているし、何年もの間、そんな関係を続けているのだ。

イビサという特殊な環境の島、しかもカフェテリアのオヤジ業だから、余計目についただけなのか、スペイン、ヨーロッパ全体に、フランスの宮廷のように、愛人を持つ習慣がハビコッテいるのかどうかは分からない。歴代の法王もなんと多くの愛人を公然と、あるいは秘密裏に持っていたことか…。

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イビサ旧市街にはバルやレストランが夜遅くまで営業している

それにしても、マルグリット・デュラス(Marguerite Duras)が、『愛人(L'Amant)』を発表した1983年においてすら、公然と愛人であると語るのは衝撃的であったのだから(もっともフランス人の主人公、語り手は十代、相手の男が中国人の大金持ちでゲイという反社会的要素があるが…)、私がイビサで暮らし始めた1970年代に愛人関係を続けることは相当強い意志表示だったと思われる。カルメン叔母さんのような保守的なカトリック、大多数から憎しみに満ちた偏見の目に晒されていたと思う。

節穴から覗いただけの“愛人事情”から演繹するつもりもないし、ましてや日本の“愛人事情”など全く知らないのだから、結論じみたことさえ言う資格は私にはない。ヴァカンスの島でひと夏のお遊びとは全く異なる愛人関係を築き上げ、継続している例を何件も目の当たりにすると、一体これは何なんだ、一夫一妻制は人間性に反することなのではないか…、自分の夫、もしくは妻が公然と愛人を持つことを認めているのは、どういう心境なのだ…と思わずにいられなかった。

フランコ総統が死んで、デモクラシア(民主主義)がやっとヨチヨチ歩きし始め、さらに数年経て、スペインでも離婚できるようになった。それには一定期間の別居の証明とか、長いプロセスを踏まなければならないにしろ、ともかく離婚が可能になったのだ。

ところが、私が身近に見た“愛人を持つ人たち”が大手を振って離婚し、晴れて愛人と結婚したか…というと、そんな例は一つもなく、ソトで愛人を持たなければならない?不幸な男性、女性はそのまま現存の伴侶と離婚することなく、そのまま一緒に生活を続けているのだった。

私のような唐変木には、男女の機微に触れる愛人事情は手に余るテーマだったようだ。

-…つづく


 

第92回:“サンタ・アグネス・デ・コローナ”からきた少年

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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