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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第747回:スキー転倒事故の顛末 その1

更新日2022/03/24


私たちが毎冬1、2ヵ月山篭りしてスキー三昧の生活をすると言うと、必ず、羨ましいという言葉が返ってきます。もう一つ「足を折らないでよ!」と、これまた決まり切った忠告をしてくれます。誰も「頭を打って脳震盪を起こさないでよ!」とは言いません。

私たちは大抵二人で同じコース、スロープを前後して滑り降りてきます。その時、ダンナさんが先に降り、その1分後くらいで私が滑り降りていました。そこは、もう何十回、おそらく何百回でしょうか…滑っているスロープで、その日も足慣らしとして3~5回、そこを滑り降りていました。

私が滑り降りていくと、なんとダンナさんがその平らなスロープの真ん中で、まるでシェスタ(昼寝)でもしているように寝ていたのです。スキーはバインディング(閉め金具)から外れておらず、そのままスキー靴に付いているし、上体は少しひねり気味に上を向いていたので、私はテッキリ、“マタ~、冗談をやって~~”と思ってしまいました。ダンナさんはソウソウのスキーヤーですし、滅多にというか、マズ転びません。それに、まして彼が寝ていたところはとても緩やかなスロープで、とんでもないスピードのつくようなところではないし、余程の初心者でもそんなところで転ぶことはありません。

呼び掛けても応えないので、アレッ、死んじゃったのかなと思ったくらいです。でも、呼吸はしているので、失神していると判るまで少し時間がかかりました。そこへ、雪ヤギグループのケンとディーが偶然滑り降りてきて、スキーパトロール(スキー場の赤十字救助隊)を呼んだ方が良いと、すぐに連絡してくれて、スノーモービルにスノーボート(負傷者を寝かせる長い橇)を引いてパトロール隊員がやってきて、ダンナさんのスキー、スキー靴を外し、ギブスのような道具で首と頭を固定し、スキー場のベースにある救急小屋まで滑り降ろしたのでした。

その時、ダンナさんの転倒地点からベースまで、そこに待っていた救急車に乗せられるまで、ケンはしっかり見届け、スキーパトロール隊員に指示し、ディーの方は彼の身の回りのモノ、スキーやストック、ヘルメット、手袋、ジャケットなどなどを大きなゴミ袋にまとめて、頭が真っ白になっていた私を支えてくれたのでした。

その間の記憶が、ダンナさんは全くなく、ヘリコプターに乗せられた頃から、覚えているらしいのですが、意識不明だったのは1時間半くらいでしょうか…。

私は一旦借りていたアパートに帰り、ある程度荷物をまとめて、車でヘリコプターを追うことにしました。スキー場近くの町に借りていたアパートに着いて驚いたのは、そこに雪ヤギグループのスキップとパットが私を待っていたことです。きっと私一人でアパートを片付け、荷物を車に詰め込むのは大仕事になるだろうと予想して、来てくれたのでした。彼らはデンバーにも家を持っていますから、その家を使ってくれ、この界隈で大きな総合病院はコロラドスプリングとデンバーしかありませんから、ダンナさんをデンバーに運ぶのが賢明だと思ったのでしょう。

私はダンナさんをどこに運び込むか、受け入れ先をどこにするかであまり悩みませんでした。私が働いていた大学町にも大きな病院があり、そこのICU(緊急治療室)に空きがあるかどうかをスキーパトロールにチェックしてもらったところ、コロナ禍でどこも満室の病院の中で、その大学町の大きな病院、セントメリー病院に空きがあり、そこに運び込んで貰ったのでした。後で病院の人に聞いたところ、そこに入れたのは実に運がよかった、偶然空きがあったのは幸運以外の何ものでもないと聞かされました。

ダンナさんの負傷は、アバラ骨の7番目が背中の方で骨折、6番と8番はヒビ、それは打撲傷で危険はないようなのですが、頭の方、左側のコメカミの上後方5~8センチほどのところにくも膜下出血があり、こっち方が問題だと言うのです。脳の動脈、静脈からの出血は、バンドエイドを貼り付けるわけにもいかないので、止まらなければ頭蓋骨に穴を開け、血管を縛るほかないと脅すのです。

幸い、ダンナさんの出血は広がらず、それどころか5日目にはほとんど消えてなくなっており、半身不随、視覚障害などなく、無事に病院を出ることができました。一旦出血した血液が、吸収されることをはじめて知りました。その1ヵ月後のCTスキャンでは、薄切りにした頭部の写真を見ても、出血の跡は技師に指摘されないと、どこにあるのか判らないくらいでした。ダンナさんは、「オイ、まだ俺の頭に脳ミソがギッシリ詰まっているな~」と呑気なことをつぶやいていました。


それにしても、今回の事故はまったく不思議でした。普通ならあんなところで転ぶはずはありません。それにスキーが外れていないのに、ヘルメットが左側から天辺にかけて何箇所か割れ、ヒビが入っていたのです。最近のヘルメット業界は、自転車、オートレース、アメリカンフットボール、アイスホッケーなど、あらゆる競技、スポーツの分野においてとても進歩していて、チョットやソットの衝撃で割れないようにできています。スキー用のヘルメットが割れるような衝撃は、相当鋭い金属に鋭角でぶち当たりでもしない限り起こり得ません。

雪ヤギグループの面々は、あの緩斜面でどのように転ぼうがヘルメットが割れるようなことはない、後ろから、おそらくスノーボーダーが相当のスピードでぶつかって来たのだろう…と推測しています。私もそう思っています。

いずれにせよ、ダンナさんがヘルメットを被っていたのは幸いで、ヘルメットが彼の命を救ったと言い切って良いでしょう。そのヘルメットをダンナさんの頭に載せてくれたのは、やはり雪ヤギグループのキースでした。あの時、ダンナさんが愛用の毛糸の正ちゃん帽を被っていたら…と考えるとゾッとします。ヘルメット、それをくれたキースに命を救われたようなものです。

今回の事故で、彼ら雪ヤギグループは本当に心強いサポートをしてくれました。他のメンバーからも励ましのメールがたくさん入り、遠慮なくウチを使ってくれとか、後遺症を避けるためにリハビリ、整体の良い治療師を紹介してくれたり、彼らは何事にも具体的で対応が素早いのです。

私の偏見でしょうけど、お金持ち、この世でそれなりの成功を収めた人たちは、普通、私たちのような貧乏人と関わりを持ちたがらないものだと思っていました。ところが、雪ヤギグループはただ私たちとスキー場で、しかも地下のコモンスペースで、スキー靴を履く時に会話を交わすだけの関係なのに、親身になって、しかもあり得ないスピードで対処してくれたのです。

ただ口先だけで、でもないのでしょうけど、“彼がすぐに元気になり、一日も早くスキーができますように…”と言う行動の伴わない人たちと、次元が違うと感じさせられました。彼らが現世で成功を収めたのは尤もなことだと感じ入りました。

-…つづく 

 

 

第748回:スキー転倒事故の顛末 その2

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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