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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第748回:スキー転倒事故の顛末 その2

更新日2022/03/24


ダンナさんが退院し、借りていたスキー場近くのアパートに戻り、私はスイスイとスキーで滑り、ダンナさんはスノーシュー、歩くスキー、あるいは長靴で徘徊していました。彼は普通のダウンヒルスキーは厳禁されていましたので…。さぞかしダンナさんが退屈しているだろうと、ケンとディーがアパートやってきて、テレビに彼らのパスワードを入力し、Netflix、Amazon、Fuluなどの映画ビデオを観れるようセットしてくれたのです。どうも彼らはダンナさんのためにそれらのストリーミングを購入してくれたようなのです。

傑作なのは、スキップとパットが近くのファースト・フードレストランの商品券を持ってきてくれたことです。私があまり料理をしない、従って下手で、ウチのコック長はダンナさんだと知ってのことでしょうね。キースとヘイワンは、近くのメキシコ料理屋でご馳走してくれました。

そして、ダンナさんが今回の事故は全く遊びの上のことだから、あまり事故の話を広げるなという忠告を無視して、私の高校時代からの親友、ジュディーに告げてしまったところ、彼女はその翌日、5時間も運転して見舞いに来てくれたのです。これには驚きました。しかも、ダンナさんの大好物(彼女、よく覚えてくれていたものです)のスモークドサーモンの大きなパッケージを三つ、それに添えるレモン一袋、ナッツ類の詰め合わせ、何やら高級そうな白ワインを持ってきてくれたのです。それに月遅れですが『New Yorker』(インテリ層向けのクオリティー雑誌)を20~30冊も持ってきたのです。ジュディーは昔からウチのダンナさんを好いていたし、ダンナさんの方も、彼女に私の親友という以上の感情を持っているようでした。

そういえば、彼女も今どこの航空会社でもやっているマイルを貯めるとタダで飛べるプログラムのさきがけを作ったコンピュータ・サイエンスの分野での成功組です。

今回の事故で、雪ヤギグループの方々は本当に心強い支えになりました。そして、人をサポートするのは口や言葉ではなく、行動だということが身に染みて感じました。逆に、メールや電話でのお見舞い、同情は返事を書いたり、電話で応答するのに面倒というのか、億劫な時があるものです。

事故後、もう6週間が経ちました。いつも彼には感心してしまうのですが、その間、愚痴を一つもこぼさないのです。本心なのか、元々そういうデキなのか、落ち込まず、いつも冗談を言い、周りを暗い空気で覆うようなことは一切ないのです。

アメリカの病院のすべてではないでしょうけど、彼がいたセントメリー病院では、登録しておくと彼に関わった医師、看護婦、准看護婦、食事係など、すべての人たちの診療内容やコメントを見ることができます。これを書く、パソコンで打ち込むのも一仕事だとは思いますが、一種の診療記録になるのでしょう。それを読んで、またまたビックリ。彼ほどいつも明るく、気持ちのよい、扱いやすい患者さんはいない、応答もはっきりしている…などなど、良いことずくめなのです。

それをダンナさんに見せたところ、彼は看護婦さんの名前などよく覚えていて(主に、若い女性ですが…)、「見てみろ、俺もまだ捨てたモンでないだろう。まだまだモテルだろう、人気投票で一番になるのではないか?」と、鼻の下を伸ばしていました。

そりゃそうでしょう、彼のいた集中治療病棟、それに脳外科のフロアは、満足に動けない、自分で食べれない、シモの始末もできない人ばかりが収容されていて、彼のような元気な爺さんは存在しないのです。彼は、それこそ5分毎に呼出ベルを押す愚痴っぽい患者でないことだけは確かです。

それでも、看護婦さんの義務なのでしょう、2時間毎にやってきて「サノさん、今どこにいるか解りますか? 今日何月何日ですか?」などなど、職務規定に書かれているような質問をするために病室にやってきます。彼は、はじめのうちはマジメに答えていましたが、じきに「カモン、ガール! 俺はお前が来るのを今かいまかと待っていたんだぞ、ここは天国、お前は天使の中でも一番の美女、そして、今は時空の1億年、ついでにお前の名前は?」などとやり始めたのです。

そのうち看護婦さんに、逆に「ボーイフレンドはいるのか? こんな不定期な仕事をしていてはデイトの時間をつくるのは難しいだろう。俺に息子がいればお前と結婚させたかった…」などと個人的な質疑までやり始めたのです。こんな爺さんの冗談に付き合い、いつもニコヤカに対応していた看護婦さん、看護師さんたちには本当に頭が下がります。

朝ご飯の時に運ばれてくるコーヒーは、恐らく大量に淹れ保温してる香りのない、ただの色付きのお湯で、余程ダンナさん不味そうに飲んでいたのでしょう、それを見た看護婦さん、「それ不味いでしょう、チョッと待って…」と言い残し、どこか外のコーヒーショップから今アメリカでスターバックスを追い抜く勢いの熱々の“ピーツ・コーヒー”を持ってきてくれたのには驚きました。

「オイ、俺ここに永住しようかな、美女たちにカシズカレルのが、こんなに気分の良いもんだとは知らなかったぞ…」と、呑気な駄弁を吐いていました。私もこの病院、セントメリー病院の採点をするなら、最高点をつけるでしょうね。それも、請求書を見るまでのことかもしれませんが……。

-…つづく 

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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