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第39回:ザッパクリークの虐殺 その1

更新日2023/10/19

 

ローマンノーズが殺されてから、ドッグソルジャーは逆に精鋭化し、手当たり次第に入植開拓者を襲うようになった。一方、1870年代に入ると、カンサス州、コロラド州東部、ネブラスカ州にかけてバッファローが激減し、ハンターたちはインディアン居留地区、南シャイアン族のシマロン峡谷に侵入し、バッファローを射殺するようになった。

これは明らかにメディスン・ロッジの協定に違反する行為だった。1873年になると、もはやバッファローが大群で移動する姿を見ることがなくなった。1872年と73年の間に、推定で750万頭のバッファローが殺されたとある。それはシャイアン族、アラパホ族、キオワ族、コマンチ族が飢えることを意味した。

ザッパクリークの戦闘、虐殺が起こる前に、白人とインディアンの緊張は高まっており、その予兆とも言える小競り合いが多発していた。1865年のリトル・アーカーソー条約自体が無理難題をインディアンサイドに押し付けたものであったし、関連している44部族のうち、合意のサインを一応したのはたったの4部族の酋長だけだった。それを持って、すべてのインディアンをアーカンソー州とコロラド州の2ヵ所の荒地に設けられたインディアン居留地に強制収容するというのだ。それが10年後の1875年のザッパクリークの虐殺へ繋がっていく。

予兆は充分あった。一つはレッドリバーの戦いであり、そしてより大掛かりなアドベウォールの激戦があったから、ザッパクリークの悲劇を避けることができたはずだ。南北戦争が終ってからすでに10年近く経っていたから、合衆国政府、インディアン局は充分に手を尽くす時間があったはずだ。 
 
ザッパクリークは別名シャイアン・ホールと呼ばれている。そこでの戦いは白人側の一方的な勝利で、これをもって中西部の平原インディアンの抵抗は止み、白人支配が完成したとされる。この戦いの指揮を取ったオースティン・ヘンリイ中尉は西部開拓史に名を残す英雄となった。この士官学校を出たばかりの若き中尉は、インディアン討伐に情熱を傾けていた。 
 

今現在(2023年10月)、またパレスチナ・ガザ地区を実効支配する武装組織のハマスがイスラエルを攻撃し、1,000人近くのユダヤ人が死んだ(10/7)。その中に11人のアメリカ人がいた。挙句、ハマスは150人のイスラエル人捕虜を取った中にアメリカ人が十数人含まれていたことがアメリカを強く刺激した。10月9日の時点で、バイデン大統領も全力を尽くしてアメリカ人を必ず救い出すと演説し、航空母艦を含む大艦隊をその海域に送った。自国民を救うためにはいかなる手段でも投じるという一種の国内向けのポーズを取ったのだ。ほんの1ヵ月前にイランにスパイ容疑で拘束されている5人のアメリカ人を救済するため6ビリヨンドル(60億ドル=約9,000億円)をイランに支払った。そのお金が今度のハマスのイスラエル攻撃に充てられたという消息筋があるくらいだ。
 

オースティン・ヘンリイ中尉が英雄視されたのは、ザッパクリーク大量虐殺の前年、1874年にシャイアン族が開拓民ジャーマン家を襲い、大人5人を殺し、4人の娘を人質にして連れ去った事件があったからだ。これはどんな犠牲を払ってでも取り戻さなければならない。カンサス州の開拓民も駐屯する騎兵隊員も、自国民、この場合は白人の少女だが、蛮族の手から取り戻すことに熱狂した。そんな世論の後押しがあったから、ヘンリイ中尉の過激な殺戮は正当化されていた。

No.39-01
救出されたジャーマン家の娘二人、JuliaとAdelaida

サンドクリークの虐殺が一人の牧師上がりの狂信的な指揮官、シヴィングトンが生み出したのと同じように、ザッパクリークの虐殺も西部開拓史に残る名を挙げようとしたオースティン・ヘンリイ中尉に全責任があるとみられるようになったのは、つい最近になってからのことだ。

マリ・サンドスとウイリアム・D・ストリートが地を這うような調査をし、1958年には元オースティン・ヘンリイ中尉の下で騎兵隊員だったフレデリック・プラテンが、ザッパクリークの戦闘は戦争ではなく、一方的な虐殺行為であり、それをヘンリイ中尉が、「女、子供も皆殺しにしろ!」と命令を下したからだと証言したのだ。

マリ・サンドスは、『シャイアン族の秋』(Cheyenne Autumn)という書籍を出版し、アメリカ西部開拓史、インディアンとの戦争史で英雄とされていたヘンリイ中尉以下、勲章を授与されていた8名を弾劾し、地に落とし、ザッパクリークの戦闘を書き直したのだった。この本の中でマリ・サンドスは、オースティン・ヘンリイ中尉は精神異常の殺人狂だったとさえ述べている。

その後、1999年にジョン・モネットが『シャイアン・ホールの虐殺』(Massacre at Cheyenne Hole)をコロラド大学出版から出し、西部開拓時代のアメリカ人入植者、当時のインディアン局、合衆国政府の政策などを大きな歴史の流れの中でザッパクリークの虐殺を捉えようとしている。

しかしいずれにせよ、ジョン・モネットもこのザッパクリークの戦闘、虐殺は、全く不必要なもので、オースティン・ヘンリイ中尉の心理的な意向に多くの責任はあるにしろ、時代の背景、後押しもあったと書いている。私のザッパクリークの項は、この二人の、二冊の本に大々的に頼っている。

ザッパクリークのことを調べ始めてすぐに気がついたのは、アメリカ人の自国民を守ろうとする精神の強さと、それを犯した者に対する復讐心のしつこさだ。そして、ジャーマン家の娘たち、白人のいたいけな少女がシャイアンに連れ去られたからには、何としてでも取り返さなくてはならないという姿勢があった。しかし、フランク・ボールドウィン中尉がシェリドン将軍の号令下、3人を救出しているのだ。一番上の姉は戦闘時に重傷を負い亡くなったとも、シャイアン族に同化したとも言われ、行方は最後まで分からないが、ともかく連れ去られた娘3人を奪回しているのだ。

だからなんのためにオースティン・ヘンリイ中尉は、リトル・ブル率いるシャイアン族、60名ほどの戦士たちと、それに倍する女、子供がいる部落を殲滅する必要があったのか、オースティン・ヘンリイ中尉の異常心理にしか理由は求められない。

-…つづく

 

 

第40回:ザッパクリークの虐殺 その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2
第5回:サンドクリーク前夜 その1
第6回:サンドクリーク前夜 その2
第7回:サンドクリーク前夜 その3
第8回:サンドクリーク前夜 その4
第9回:サンドクリーク前夜 その5
第10回:シヴィングトンという男 その1
第11回:シヴィングトンという男 その2
第12回:サンドクリークへの旅 その1
第13回:サンドクリークへの旅 その2
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第15回:そして大虐殺が始まった その1
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第32回:そして、日系人の強制収容所“アマチ”のこと その2 〜日系人部隊
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第34回:サンドクリーク虐殺事件 終章
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