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第45回:ウンデッドニーの虐殺 その3

更新日2023/11/30

 

ビッグ・フットのキャンプを取り囲んでいた騎兵隊の一斉射撃が始まり、血に飢えた狼のように一つひとつティーピーテントを襲い、動くものは何でも撃ち殺す惨劇を繰り広げたのだった。

フォーサイス大佐はその前夜、隊員に寒さをしのぐためウイスキーの大判振る舞いをした。そのことが残虐さを煽ったとも言われている。だが、残虐に走らせた一番の要因は、その4年半前に起こったリトルビッグホーンでのカスター(George Armstrong Custer)の第7騎兵隊全滅にあったと思う。カスターの無謀な先っ走りで第7騎兵隊がラコタ族、シャイアン族、アラパホ族によって全滅させられたのだ。アメリカ西部開拓史上、騎兵隊が全滅したのはこの一回だけだ。

やられたらやりかえせ、という復讐の念は、アメリカ人、イヤ西欧人は異常に強い。そして、復讐心はいつまでも残る。パールハーバーの奇襲は、決して忘れない。日本人のように昨日の敵は今日の友、鬼畜英米が一転して、アメリカ一辺倒になるのは、彼らにとって一種の奇観なのだ。

忠臣蔵に感激する日本人が、とりわけ復讐心に富んでいるわけではないようだ。臥薪嘗胆、会稽の恥をそそぐ、とお隣の国の諺を借りてこなければ復讐心を煽れなかったし、江戸時代の敵討ちは“世間体”のため、“お家存続”のため、通念として半ば強要された義理の復讐劇のようにみえる。

パールハーバー奇襲攻撃以来、もうかれこれ80年経った今でも、12月8日になるとテレビ、新聞で報道され、思い起こさせる。それも平和を願う原爆記念日と感覚が異なり、あいつらは卑怯な奇襲をした、それを忘れるな“Remember the Parle Harbor”、奴らに心を許すな、油断するな、というニュアンスが強く残っている。

時の大統領ルーズベルトが事前に攻撃を感知していたにもかかわらず、あえて日本に奇襲させたのは事実確認ができているのだが、そんなことは一考だにされない。それを見込んで、あえて日本に奇襲させ、日本開戦に踏み切ったルーズベルトが優れた政治家だったとも言えるが…。
 
ウンデッドニーの殺戮悲劇には多くの役者が登場する。
惨殺を直接行なったのはジェームス・フォーサイス大佐指揮下の470名の騎兵隊、砲兵隊だが、彼の上司に当たる、マイルズ将軍が、「インディアン(この場合はスー族系)どもを追跡し、武装解除せよ!」と命令を下している。マイルズ将軍はカスター将軍の率いる第7機兵隊が殲滅した後、カスター将軍の跡を継ぐようにインディアン・ハンターの硬派として職務を追行していた。フォーサイス大佐の騎兵隊に多くの第7騎兵隊の残党が加わっていたことが、凄惨な虐殺に走らせたことは確実だ。

主にスー族からなるインディアンにカスター将軍(連隊長)の第7騎兵隊は全滅に近い敗北をきしていたから、その復讐心がまだ燃え盛っていたとみる向きが多い。しかも、寒さを凌ぐためという名目で、ウンデッドニー虐殺の前夜、フォーサイス大佐は隊員にウイスキーの大盤振る舞いをしている。奇兵隊員が結果酔った勢いで恨み重なるインディアンどもへの虐殺に走るのは目に見えていた。

この第7騎兵隊殲滅事件は、ウンデッドニーの虐殺の4年と6ヵ月前、1876年6月25日に起こった。アメリカの騎兵隊がインディアンにより殲滅されたリトルビッグホーンの戦いは西部開拓史に残る大敗戦だった。

No.45-01
陸軍士官学校、ウエストポイント時代のカスター(1859年頃)
体の線が細い上、表情に力がなく、ほとんど気弱な意思白弱児にさえ見える。
幾度も退学寸前まで追い込まれた彼が、西部の歴史的人物になると予想した同僚、上官はいなかった。

カスター中佐(南北戦争時、将校不足で少将にまでなったが、終戦後、他の将軍、佐官との釣り合いもあり、その地位を将校に引き下げられた、その後もう一度名誉少将になったが…)が率いる第七騎兵隊の惨敗は大々的に尾鰭をつけて報道され、バッファロー・ビルの西部大サーカスで再演されたりで、後のインディアン対策に大きな影響を及ぼした。この戦い自体の直接の責任は、仕掛け人のカスター将軍にあると言い切っていいだろう。もちろん、カスターの上司である陸軍省長官のシャーマン、ギボン将軍、クルック将軍、テリー将軍にも作戦上の罪はある。

目立ちたがり屋でスタンドプレー大好き人間のカスターは、サンドクリークの虐殺を巻き起こした素人軍人のシヴィングトン大佐や士官学校を出たばかりで実戦経験がほとんどないオースティン・ヘンリー中尉とは異なり、実戦経験豊かな猛将だった。彼は南北戦争ですでに勇名を馳せていた。相手の戦力を分析し、緻密な作戦を立てるのではなく、どちらかといえば、猪突猛進型の将校であり兵士だった。それが今からみると、彼の戦略は不思議なほど当たった。彼自身、負傷もせず、常に勝利した。
 
カスターはオハイオ州モンローで貧しい農民の子として育った。向学心があったのだろう、当時のエリート大学であった難関の陸軍士官学校(ウエストポイン)に入学している。しかし、在学中の成績は良くないどころか、何度か退学寸前にまでなっている。折りよく?南北戦争が勃発し、即成でいいから将校を送り出す必要があったのだろう、1年繰り上げで卒業し、そのまま少尉に任命され、転戦を重ね、命知らずの猛攻で勇名を馳せ、昇進を重ね、23歳の若さで少将になっている。

それにしても、ウエストポイント卒業後3年足らずの戦歴で将軍(少将)にまで上り詰めるのは異例中の異例のことだ。南北戦争中、余程将校、指揮官が不足していた事情があったにしろ、上層部にとっては使い手のある将校だったのだろう。これで驕慢になるなという方が無理というものだ。元々彼自身に見せたがり屋の性格が潜んでいたのだろうが、最年少の将軍となり、それが増長した。自己中心的な尊大から倨傲(きょごう=おごり高ぶること)に走ったのだ。

No.45-02
黄色い長髪の西部の英雄カスター将軍(1865頃)
彼の写真はたくさん残っている、ということはカスター自身写真に撮られることを好んでいたからだ。
彼の西部の英雄伝説は多分に彼の妻エリザベス・リビー・ベーコンが彼の死後、
誇張して書きまくった文書によるところが大きい。
リビーは夫カスターの死後57年未亡人を通し、1933年まで生きた。

南北戦争が終わり、降格されたカスターは軍部の処置に不満だったのだろう。その後、退役している。だが、民主党のアンドリュー・ジョンソンが大統領になると、正式に陸軍中佐に任命され、インディアン討伐の総指揮官フィリップ・シェリダン将軍(カスターはシェリダンの下で南北戦争を戦っていたことがある)の引きもあり、対インディアン戦争にのめり込んでいった。そして、すぐに名誉少将の称号が与えられた。

-…つづく

 

 

第46回:ウンデッドニーの虐殺 その4

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2
第5回:サンドクリーク前夜 その1
第6回:サンドクリーク前夜 その2
第7回:サンドクリーク前夜 その3
第8回:サンドクリーク前夜 その4
第9回:サンドクリーク前夜 その5
第10回:シヴィングトンという男 その1
第11回:シヴィングトンという男 その2
第12回:サンドクリークへの旅 その1
第13回:サンドクリークへの旅 その2
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第15回:そして大虐殺が始まった その1
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第32回:そして、日系人の強制収容所“アマチ”のこと その2 〜日系人部隊
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第39回:ザッパクリークの虐殺 その1
第40回:ザッパクリークの虐殺 その2
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