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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第98回:ピノッチョとペドロ その2

更新日2019/12/19

 

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大繁盛のPizzeria Pinocho(クリックでピザを表示)

ペドロとパブロの間でどんな取り決めがあったのか知らないが、ある年のシーズン終わりにペドロがカレン、彼らの友達のアメリカ娘、トンボメガネのジャン、彼女の恋人スティファンの4人で『カサ・デ・バンブー』にやってきて、“パブロへの最後の支払いが終わり、ピノッチョは俺のものになったお祝いだ!”とばかり、シャンペンと呼んでたけど、実際はカタルーニャ産のカヴァ(cava)を注文したのだ。こちらも、「今晩はすべて店持ちだ、遠慮なくガンガン飲めや…。それにしても短期間でよくぞピノッチョを買うだけの金を作れたな~」と言ったところ、「打ち明けたところ、俺の実家から少しは助けてもらったけど…」と言うのだった。

翌年からのペドロは、労を惜しまない若者がチャンスさえ与えられるとどれだけ伸びるかの見本みたいなものだった。まず、大きな電動の生地ミキサーを二つ購入し、すでにイビサで薪の入手が難しくなっていたレンガと石の大きな釜を取り壊し、プロ用のピザ焼き電気オープンを据え付けた。もう一つイタリアからパスタメーカー、練った生地を大きく口を開いたジョウゴに押し込むと、スパゲッティーになって出てくる機械というか道具を取り寄せ、メニューにパスタを加えたのだ。

私はペドロが凝り性なことに気づいていたが、取り寄せる小麦粉はどこどこ産のもので、ピザには良いが、パスタにはどこだか産の方が良いとやら、生地を寝かせ、伸ばすのはやはり大理石の調理板でなければダメだとか、20リットルのバケツに入ってくるトマトソースも工場からくるものはどうしようもないミエルダ(mierda;ゴミ、スラングでウ◯チ)で、ヴァレンシアだかアリカンデまで出向いてそこの完熟トマトをミキサーにかけたものを送ってもらうように手配した…とか、ペドロは自分のコダワリを実現する行動力を見せたのだった。 

イビサに何百人、何千人といる季節労務者的ウェイター、コックたちは、毎年のように少しでも条件の良い職場を探し歩き、2週間ごとに次々と送り込まれてくる北欧、ドイツ、イギリスの女性たちをモノにすることしか頭にない。細面で色白、ハンサムなペドロがその気になれば、その方面で盛大な成果を挙げることは容易だったと思う。しかし、彼は私が知り合った時からカレン一本槍だった。カレンはチビでマンマルな顔、頬っぺたが赤く、小さな丸い目、凡そ美人のカテゴリーに入れることができない田舎くさい顔、容姿の持ち主で、どこかサンチョ・パンサの女性版を思わせた。

ペドロはどんなに忙しくても眉間にシワを寄せ奮闘するタイプではなく、いつも自分のペースを崩さずにテキパキと注文をこなしていた。だが、カレンは反対にチョコマカとテーブルの間を駆け抜け、注文を取り、追いつめられたリスのようにウェイトレス業をこなしていた。ゆったりとお客を寛がせるサービスではなかったが、ファーストフード的に数でこなす『ピノッチョ』には打って付けのウェイトレスだった。

ペドロは儲けを惜しまずにレストランの設備、内装、テラスに出す椅子やテーブルに注ぎ込んだ。「あんなもの、1日に客が7、8人増えればすぐに元が取れるさ…」と、将来を見越した計算能力のあることを示したのだった。

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MotoGP 12+1勝したスペインのレジェンド
アンヘル・ニエト(Ángel Nieto)

ペドロがモーターサイクル、バイクが好きなことは知っていた。オフシーズンにハラマ・サーキット(Jarama;マドリッド郊外のレース場)やバルセロナのレースを観て、興奮してその模様を語っていたものだ。折りしも、スペインの天才ロードレーサー、アンヘル・ニエト(Ángel Nieto)がヨーロッパを転戦し、ブッチギリで勝利を収め始めた時だった。ペドロはレース場でオートバイの爆音、そして蚊の鳴くようなキーンという高音を聞いただけで鳥肌が立つ…と言っていたものだ。

ある日、ペドロが大型のモーターサイクルに跨ってやってきた。車やモーターサイクルに対し、メクラ同然の私には、それがBMWだったか、ドゥカティ(DUCATI)だったか、ブルタコ(BULTACO)だったかすら判別できないのだが、コバルトブルーとシルバーのツートーンカラーのとてつもなく大きなバイクだった。

「お前、こんな化け物みたいなバイクでどこを走るのだ…? イビサにこれを走らせる道なんかないではないか…」「イヤ~、イビサで乗り回すことなんて考えていないさ、これに乗って、レース場を回るのが俺の長年の夢だからな~」と言うのだった。 

ペドロがモーターサイクルを買って間もなく、カレンのお腹が膨らみ出した。彼らの赤ん坊、誕生祝いの記憶は抜け落ちてしまい、ただ赤ん坊はこんなに小さいモノなんだという印象だけしか残っていない。ペドロが家を買い、そのお祝いパーティーをやった時、彼らの赤ちゃんはヨタヨタと危なっかしい前のめりの歩き方で家の中をウロウロしていた記憶がある。

彼らの家は飛行場の向こう側、観光客で有名なビーチ“サリーナス(Salinas)”へ抜ける途中にあった。眺望こそ開けていなかったが、周りに見える建物はすでに動かなくなってから久しい風車小屋が2、3棟あるだけの田舎だった。家自体はコジンマリとしたイビサの農家風に建てられた頑丈な石造りで、家族3人で棲むには充分なゆとりがあった。

ペドロは『ピノッチョ』を100%自分のものにしてから、台所を改造し、モーターサイクルを買い、その1年後には家まで購入したのだ。レストラン業は店舗の借り賃(もし借りているなら)、毎月のローン、電気・水道、そして人件費などをカバーできる一定のラインを越すと急カーブで儲けが多くなる。多くのレストラン、バルはそのラインギリギリをうろついているのだが、ペドロの『ピノッチョ』は、そのラインを大きく超えたことは間違いなかった。

新築パーティー(彼の家は新築でなかったにしろ)の時、「例のスーパーマシン、モーターサイクルはどうした? 売っぱらったのか?」と訊いたところ、「まさか~、俺の宝、命を売るわきゃないだろう。物置に仕舞ってあるさ、レース場巡りはコイツが大きくなり、俺の後ろか前に乗せることができるようになるまで当分延期だけどね…」と言う。「コイツを育てるにはこういったカンポ(田舎)の方が良いと思ったからね…」と付け加えたのだった。

いつも、成り行きに任せるように生きてきた私とは正反対に、現実に足を踏まえ、目標を定め、それに向かって勤勉にアプローチしてゆくペドロの生き方を目の当たりにしたのだった。

数年と経ずして、ペドロはオフシーズンにゴーストタウンになる旧市街、夏場の半年商売ではなく、一年中働ける、イビサの地元の人を相手にするのだと、新市街のピソ街(高層アパート地区)の地上階、1階をすべて貸し切る広さの、おそらく楽に100席はあるピザレストラン『ピノッチョ 2号店』を開店したのだった。

当時、イビサではエアコンは皆無と言っていいくらいだった。銀行も、高級ホテルでも電力を盛大に食うエアコンを使っていなかった。海風を上手く取り入れればどうにか凌げる暑さだったからだ。冬にも数は多くないが、幾日か暖房が欲しいほど寒くなる日がある。ペドロの『ピノッチョ 2号店』はエアコンを備え、夏のさなかは涼しく、真冬には暖かだった。そして常時満員に近い盛況の上、今でこそ当たり前になっているテイクアウエイ(お持ち帰り)に主体を置いたのだった。

ペドロは、イビサの冬場でも、充分にショーバイできることを知らしめたのだった。


 

第99回:ジーンとハインツ

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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