第99回:ジーンとハインツ
『カサ・デ・バンブー』真夏のランチ風景(本文とは無関係)
『カサ・デ・バンブー』にドイツの演劇関係の人が出入りするようになったのは、ギュンターのおかげだ。彼が拠点にしているケルンの劇場の関係者、それにアーヘンの演劇人、デユセルドルフ、シュトゥットガルトからもやってきた。俳優、監督も来てくれたが、大道具係、舞台衣装係の裏方さんたちも来てくれた。
偶然からか、ドイツ演劇関係者が『カサ・デ・バンブー』に5、6人居合わせたことが何度かあった。イタリア、スペインなどのラテン系の人たちはオシャベリで、賑やかなのは知っていたが、ゲルマン系も同族寄り集まると、とてつもないオシャベリになり、しかも声の質というのか、発声法が違うのか、ともかく遠くまでよく響く大声で叫び合うのだった。『カサ・デ・バンブー』が時々ドイツ演劇界に占拠されたかっこうになるのだ。
ジーンとハインツも毎夏イビサで過ごす、長老組だった。彼らは大きな劇場に所属せず、彼ら自身イワク“小さなキャバレー”を持っていて、自作自演のショーを打っているとのことだった。それがどのようなものなのか、キャバレーというからにはその手の女性が侍っていて、ダンスができるフロアがあるのか、どのようなショーを見せているのか、どうも日本的なキャバレーではなさそうだったが 見当の付けようもなかった。
ジーンはその時々のショーの役柄によるのか、ある年は肩まである髪をそれこそ燃えるような緋色に染めてきたり、翌年には丸坊主になって現れたりした。何時も変わらないのは大きな眼と口、それに独特のファッションだった。ジーンが愛用しているのは、体のどの部分も締め付けることがないインド更紗のムームーのようなゆったりしたドレスで、シッチャカメッチャカのファッションが許されるイビサにあっても人目を引くドレスを着て、裾を翻し、大股で闊歩していた。
ジーンはともかく目立った。ジーンは中肉中背なのだが、遠くからでも、“アッ、ジーンだ!”と判る何かをカラダから発し、またジーンは女優として観られることに慣れていて、それが個性的な魅力を醸し出していたのだろう。
ロスモリーノスの住人は、ジーンのことを“悲劇の女王”と呼んでいた。というのは、ジーンは会う度に、「オオ、誰々…」と大きく両腕を広げ、感情を込めてハグし、思い切り良く両方の頬っぺたに盛大なキスをするからだった。他の女性がやると大げさに、意図的に見えるのだが、ジーンがやると、彼女の内側から溢れ出た自然な感情の発露に思えるのだった。
ジーンのパートナーというのか、ダンナさんのハインツは、筋骨隆々たる長身のカラダで、何時も背筋をピッシッと伸ばし、姿勢がとても良い。その体躯に小さめの引き締まった顔を載せていた。ただ、片方の耳にピアスをし、アイラインを目立つくらいハッキリと入れていた。もし彼が一人でイビサ旧市街のゲイ、ホモが集まる界隈を歩いたなら、熱い視線を浴びるに違いない。だが、ハインツはいつもジーンより半歩下がって、彼女をガードしているかのように付き従っていた。かといって、ハインツが引っ込み思案とか、話し辛いというのではなく、彼に直接話し掛ければ、にこやかに、しかもユーモアセンスたっぷりに綺麗な英語で応答するのだ。
彼らと話すチャンスは多かったが、一体どんな“キャバレー”でどんなショーをやっているのか皆目見当が付かなかった。彼らは常打ちの、しかも常打ちとしてはドイツで唯一の“ポリティカル・キャバレー”だと言っていた。でも、収入の大半はテレビ出演から得ているとも言っていた。
中央に陣取るギュンターがいつも話題の中心
ジーンとハインツの“ポリティカル・キャバレー”とはどんなものなのか、謎解きをしてくれたのもギュンターだった。ギュンターはジーンとハインツのショーを最終的に仕上げるためのアドバイザーを長年やっており、私の疑問に答えてくれたのだった。
ドイツには折々の政治問題を皮肉り、茶化す政談漫才ショーの伝統があり、右も左もぶっ飛ばせ、笑い飛ばせとばかり、相当過激な冗談を連発するコントを演じ、政治家連もそんなキャバレー、寄席小屋を訪れ、自分が笑いの材料になるのを大笑いしながら観ることもある…のだそうだ。
ジーンとハインツのポリティカル・キャバレーの記事が載った新聞をギュンターがドイツから持ってきて、見せてくれた。紙面の四分の一ほどの記事で写真入りだった。その写真たるや、ハインツがナチスのヘルメットを被り、ハーケンクロイツ(鉤十字)のネクタイを締めた以外は素っ裸のフルチンで、ナチス的敬礼をしているものだった。新聞がハインツの真正面からのフルチン姿を載せているのだ。その後ろにジーンが体の線、その他すべてが見える透けすけのガウンを羽織り“自由の女神”を真似、ポーズを取っていた。
ギュンターがドイツ語から英語に訳してくれたところによると、ドイツの政治はプロイセン、ナチス、そして東ドイツのガチガチ共産主義(当時は、東西ドイツの統一など夢物語だった)、それに対抗するかのようなビカビカのアメリカ資本主義と揺れ動き、腰が定まらない様をコントにしたもので、それをとても高く評価した記事のようだった。そして、こんなショーを東側で演じることができる日が来るのだろうか…と結んでいた。
ギュンターの話だけから判断するに、そんな政談コント、ポリティカル・キャバレー・ショーの存在を許し、楽しむ西ドイツの民度の高さを感じたことだ。
ハインツのご立派なイチモツを一般公開するのは別にしても…。
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