第100回:不思議な関係、奇妙なカップル
ヨーロッパで先端?を行く避暑地、イビサならではの不思議な男女関係をたくさん目にした。浜辺でカフェテリアのオヤジ業(当時はまだアンちゃんだったが…)をやっていたせいで、傍で見ていて、こいつら一体どうなっているんだ、と思わずにいられない関係を観察するチャンスに恵まれただけだったのかもしれない。
ディーターは自家用飛行機でイビサにやってくる、ドイツ人の大金持ち族の一人だ。ヨットも多少は船を知るものなら垂涎の的ともいえる“スワン53”の新艇をフィンランドから回航し、イビサの港にあるマリーナ『ピィツーサ(Pitiusa)』に繋いでいた。ひときわ高いマストと優雅なヨットを『カン・マリ(Can Mari)』(彼の荘園と呼びたくなる豪邸のある地所の名)と名づけ、マリーナの女王然とした姿で浮いていた。
ヨット好きの垂涎の的、停泊中のSwan53(本文とは無関係です)
ディーターは50歳前後で中肉中背、いつもその年のファッションを着こなす相当なプレイ ボーイで、北欧人、ドイツ人、スペイン人の若い女性をとっかえひっかえ連れ歩いていた。彼が金力に物言わせ、飛行機、豪華ヨットに乗せ、若い女性たちには手の出ない高級レストラン、バール、デスコへと引き回せば、そのまま彼の別荘まで付いていくのが、中には何人か出てきても不思議ではない。
だが、ここではディーターの金持ちプレイボーイぶりのことではなく、彼の腰巾着の一人、ドイツ人ポールのことだ。キャプテンはフランス人のイヴだったが、あれだけ大きなヨットを動かすには3~5人のクルーが必要だし、レースだと10人から必要になってくる。ポールは白髪が混じり始めた50代前半の長身、ブオトコでディーターの下で下働きのようなことをしているボートボーイだった。
通常このようなシゴト、デッキの水洗い、船体のポリッシュ、スタンション、バウスプリットやポート(窓のフレーム)などのステンレス部を磨き上げるのは十代の地元の少年がやることだった。夕暮れ時になると、ポールは汗臭い汚れたティーシャツのままバールに直行し、酔っ払うのだった。
ポールは『カサ・デ・バンブー』にもやってきた。ディーターがクルー全員を引き連れて来た時には、ポールがいかにも俺はスペイン語ができるぞと言わんばかりに、間違いだらけのうえドイツ訛りの酷いスペイン語を使い、私やウェイトレスのアントニアに注文し、テーブルを取り仕切るのだった。
ポールのノヴィア(軽い意味での婚約者)は、イタイケナ少女を絵に描いたようなスペイン人のフロレンシアだった。彼自身、「50男の俺が15歳のノヴィアを持っているんだぞ、こんなことができるのはイビサだけだ。ドイツでさえもあり得ないことだと」と吹いていた。フロレンシアはすべてが小さく、そのまま小学生として通用しそうな少女で、貧血症ではないかと思いたくなるほど抜けるような真っ白な肌を持っていた。マシュマロのような乙女と言えば当たっているだろうか。確かヘアーサロンで見習い、掃除のようなことをしていたと思う。
長身のポールと彼の肩までもない小柄なフロレンシアが連れ立って歩く様は、百戦錬磨のジゴロが家出少女を引き回している図そのままだった。私は多少の羨ましさ、やっかみで彼らを見ていた。ところが、ウェイトレスのアントニアはまるで違った見識、別の情報を持っていた。
「何よ、あんな清純なソトズラして、あれで誰とでもすぐに寝るんだから、フロレンシアは色情狂の娼婦よ、イビサの港で彼女と寝ていないオトコはいないんじゃないかなぁ」と吐き捨てるように言うのだった。アントニアは明るい、快活な性格で、凡そ人を罵ることなどないと思い込んでいたのだが、女性が同性に向ける時に見せる厳しい非寛容な感情を現したのだった。
歳だけからいえば、『カサ・デ・バンブー』に洗い場にピンチヒッターで来たことがあるイシドラはその時17歳になんなんとしていたが、すでに二人の子持ちで、何ヵ月かの大きなお腹を抱えていた。結婚したのは13歳の時だったと言うから、フロレンシアの御乱交は早熟な地中海の女性としては驚くに当たらないのかもしれない。
Can Mari(カン・マリ)の貸別荘(本文とは無関係です)
ガブリエーラはでっぷりと太った50歳を遠の昔に過ぎた陽気なおばさんだった。デユセルドルフの劇場で舞台衣装を担当している、ギュンターがらみの演劇界の女性だった。よくぞこんな体を包み込める水着があるものだとあきれるくらい巨大なオッパイ、相撲取りがヤセッポッチに見えるほどの腹まわり、そして一体何が詰まっているのかと疑いたくなるほど、幅も奥行きも壮大な尻、ガブリエーラおばさんが海に飛び込むと、地中海の水位が上がり、ベニスが洪水になる…とはギュンターの弁だ。
巨体だから余計に小さく見える、愛嬌のある小さな顔、頭の持ち主だった。西欧人は男女を問わず脂ぎったムッとするフェロモンというのだろうか妖気を放っていることがある。ガブリエーラは彼女の巨体から強烈なフェロモン、セックス妖気を放出していた。
これだけの重量を支えるのだから当然のように膝にきていて、『カサ・デ・バンブー』に来るにも、ゴロタ石の海岸に降りるにも杖が必要だった。彼女の杖はサンチェスというアンダルシア人だった。サンチェスは実際杖のように痩せた、恐らく20代それも前半の優男だった。サンチェスはガブリエーラおばさんを『カサ・デ・バンブー』に運び上げると、彼女をドイツ人グループのテーブルに付け、自分は即、カウンターのスツールに来るのだった。もう3、4年ドイツに住み、ガブリエーラおばさんと同居しているのに、ドイツ語はさっぱり上達せず、私とスペイン語で世間話、主にサッカーのこと、ドイツの天気の悪さに始まりドイツ人への愚痴を独白風に喋りまくるのだった。
サンチェスは眉毛がしっぺ下がりのせいでいつも悲しそうに見えたし、いつも潤んだ漆黒の目と相まって優しさが表情全体に溢れ出ていた。ナヨナヨした気の弱い青年だったと思う。「お前のところで、俺のできる仕事はないか?」と、冗談めかして言い。「俺も早くアンダルシアに帰りたいけど、セニョーラ(とサンチェスは呼んでいた)は、俺がいなくては生活できないからな~~」とコボスのだった。
『カサ・デ・バンブー』でサンチェスがドイツ人グループのテーブルに付いたことは一度もなかったと思う。昼寝の時間か、夕食後アパートに引き上げる段になると、ガブリエーラが声を掛け、サンチェスはまるで忠実な犬のようにすばやく応答し、ガブリエーラを抱きかかえるようにして、緩い坂道を登っていくのだった。
彼らが1ヵ月の休暇をイビサで過ごし、ドイツに帰った後、情報センターのギュンターがサンチェスはガブリエーラと結婚することで、ドイツの一時的な労働ヴィザから恒久的な在留ヴィサを取得したこと、ガブリエーラはロシアのエカテリーナ女王のごとく、自分に仕えるセックス、その他すべての面倒を見てくれる奴隷を必要としていることなどなど、面白おかしく解説してくれたのだった。
「あのまま続けたら、サンチェスはすべての精気、生気を抜かれ、骸骨になってしまうぞ…」と言うのだった。下種なことだが、ヤセポッチのサンチェスが肉と脂の塊のようなガブリエーラに組み敷かれ、喘いでいるのを脳裏に描かずにいられなかった。
ガブリエーラとの内情を知らない私が口を挟むことではないにしろ、「サンチェス、お前も男じゃないか、忌み嫌うドイツ、ドイツ人から逃れ、シガラミを捨て、アンダルシアに帰り、どんなシゴトでもいいから額に汗して働けばいいじゃないか…」と言いたかった。
第101回:突然の訪問者
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