第50回:ウンデッドニー占拠事件 その3
ウンデッドニーの占拠は71日間に及んだ。籠ったのはAIM(American Indian Movement)の面々と、地元のオグララ・スー族のOSCRO(Oglala Sioux Civil Rights Organization)メンバーが主で、それに若干の外部からの支援部族が加わっていた(正確な人数は出入りが多く掴めていない)。
それを取り囲んだのは地元の警察、アメリカ合衆国政府が送り込んだFBI、USマーシャル、ダコタ州兵、そしてこのスタンドオフの凶元になったリチャード・ウイルソンの私兵軍団、オグララ国自衛隊だった。
両者の間で本格的な全面戦闘はなかったにしろ、散発的な発砲があり、負傷者、死亡者が出た。それはウンデッドニーを取り囲んでいたリチャード・ウイルソンの私兵軍団が発砲した結果だと言われている。合衆国政は私兵軍団が攻撃を仕掛けたり、先走りするのを何とか抑えようとしていたし、禁止令まで出していたが、この私兵軍団を完全排除しなかった。それどころか、言ってみれば警察、政府の軍隊は、私兵暴力団と肩を並べてウンデッドニーを取り巻いていた。国はリチャード・ウイルソンの私兵軍団の存在を認めていたのだ。彼らはアメリカで合法的に購入できる限り最強の武器を携えていた。
2ヵ月以上に及ぶロックアウトの期間、占拠したと言っても、元々彼らが暮らしていた村、地区なのだが、彼らはどのように過ごしていたのだろうか。とりわけ、後半外界からの食料、水、電気が入って来なくなってからの日常生活は厳しいものがあったと想像できる。食料も一日一食の管制を敷かなければならなかったし、国とどの様に交渉し、どこに妥協点を置くかなどを誰がどのように決定を下していたのだろうか。占拠が解体した後で、閉じ籠っていた様々な立場のインディアンが語り始め、内部で何が起こっていたかが分かり出した。
単なる数字だけからみると、その期間の内部での殺傷事件は他のインディアン居留地に比べて圧倒的に多い。政府側は内部で粛清が行われていたからではないかとしている。例えば、殺人の件数は10万人に対し年56.7人に及び、それは当時最悪と言われていたデトロイト市の20.2人の3倍近くになる。
有名になった例を挙げると、通称アニー、アナ・マエ・アクワッシュ(Anna Mae Aquash;Mi’kmaq)の殺害がある。アニーはロックアウトされたウンデッドニーの中で居住していたが、政府のスパイとして内部の情報をFBIのエージェントを通して流していたと疑われ、殺された。
封鎖解除後、彼女の屍体を掘り起こし検死したところ、処刑のように頭の後ろから至近距離で撃たれのが死因だと判明した。レッドパワーのメンバーの二人、アロ・ルッキング・クラウドとジョン・グラハムがアニー殺害容疑で裁判にかけられ、終身刑の判決が降ったのは2004年、そして2010年になってからだ。
アナ・マエ・アクワッシュは、カナダのノヴァスコシアにあるインディアン居留地で生まれた。1960年にボストンに両親とともに移り、AIM(アメリカインディアン運動)に参加し、1973年にはウンデッドニーのロックアウトに加わっている。アニーは“踏みにじられた条約(Trail of Broken Treaties)”=合衆州国政府が幾度となく破った条約、協定を見直す運動に参加しており、AIMのメンバーではあったが、どちらかといえば穏健派で法廷闘争を展開し、インディアンの市民権確立を目指していた。それが、過激派にはウンデッドニーのロックアウトを崩すものとして映ったのだろう。ひいてはFBIと繋がっていると思われ、殺害された。アニーがFBIのスパイであった証拠はないのだが…。
Anna Mae Aquashは至近距離で後頭部をピストルで撃たれ殺された
ロックアウトされたウンデッドニー内には異常な緊張感があったことが知れる
アニーの遺体は1976年2月24日にウンデッドニーのあるパインリッジ・インディアン居留地を走っているハイウェイ73号線脇で見つかった。彼女が行方不明になったのは前年、1975年12月の半ばのことで、AIMの過激派が彼女を処刑するように至近距離から後頭部を撃ったことが屍体解剖の結果明らかになった。
このようなウンデッドニー内部の衝撃的事件をFBIの広報部は大々的に報道した。ついでに占拠内部での虚実混ぜこぜの情報をマスコミに盛んに流した。レッドパワーの主力メンバーの私的ゴシップ、占拠地内でのヒッピー的なマリファナ、フリーセックスの饗宴などなど、根も葉もないウワサ話なのだが、アメリカに多いアンチ・インディアンには大いに受けた。
アニー殺害の犯人はジョン・グラハムとアロー・ルッキング・クラウドの二人だったが、裁判は長引き、事件後30年以上経ってから、アローは2004年、ジョンは2010年にそれぞれ無期懲役が確定した。アニーは殺害された時30歳で二人の娘がいた。
アニー殺害はウンデッドニーの中に異常に張り詰めた緊張感があったことを示している。実際、FBIはリチャード・ウイルソン派のメンバーをスパイ、情報収集者としてウンデッドニー内へ送り込んでいた。また、ウンデッドニーの中でも生え抜きのオグララ・スー族と外から支援に来たAIM、レッドパワーのメンバーとの亀裂が表面化し始めた。あくまでオグララ国を独立した国として承認させるためロックアウトを続けることを主張するレッドパワーサイドと、全く見通しの立たない占拠を続けることにシビレを切らし始めた元々の住人オグララ・スー族との間に、この運動、占拠のあり方に対する違いが出てきたのだ。
ロックアウトを始めた当初、インディアンは一つにまとまり、燃え上がっていたのが、ロックアウトが1ヵ月、2ヵ月と続くうちに、早くも内部から崩れ出すのは当然なこと、自然の流れだったのだろうか。
おりしも、ウォーターゲイト事件が起こり、マスコミの目はそっちの方に向いてしまった。合衆国政府の大統領を罷免させるかどうかの大事件の前に、ウンデッドニー占拠事件は忘れられた形になったのだ。ウォーターゲイトはアメリカが信奉する民主主義選挙で選んだ自国の首長を弾劾し、更迭させる、辞任に追い込むかどうかの大問題で、パインリッジ・インディアン居留地区をどう扱うかなど、ケシ粒のような些細な問題になったのだった。
-…つづく
第51回:ウンデッドニー占拠事件 その4
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